夜、足の届かないソファに座り
震えもしない携帯を開く

待受画面にはメールの表示は一切ない


それは
三日前傷つけてしまった快斗からの連絡も
一切ない事を突き付けていた




「…はぁ……」




コナンの口からは
重いため息が落ちる


同居人の居ない今
広すぎる工藤邸にゆっくりと消えていった




”謝らなくては”




そう思いつつ
一度も取らない連絡


感情と反対の言葉を紡ぐこの口が
また快斗を傷つけてしまうのが怖い


しかし、それよりもっと恐怖なのが
快斗の口から「別れよう」等
拒絶の言葉を言われる事だ



(…でも、今回は俺が悪いし…)



もう一度携帯を開き
電話帳から黒羽快斗を探す


震える指で
発信ボタンを力強く押した


(………よし!)



罵声を浴びせられようが
何時間説教をくらおうが、何だって良い



もう、辛そうな顔を思い出す夜も
一人で食べる夕食も
広すぎるソファも
静まりかえったこの家にも
これ以上、耐え切れそうになかった





トゥルルル、とコールが鳴る


身体中に力が入り
三日ぶりの声を待つ



トゥルルル


一回



トゥルルル


二回



トゥルル、



三回目で、コールが途切れ


聞こえてきたのは
聞き慣れた声













『おかけになった番号は――』










ではなく

無機質な、女性の声だった






「………!」



瞬間
氷水に放り込まれたような冷たさが身体を襲った

呼吸するのさえも忘れている




”電話番号がない”




それは、ハッキリとした静かな拒絶


罵声を浴びせられるのなんかより
よっぽど効果的な方法だ


実際、携帯を落としたコナンの目には
溢れんばかりの涙が溜まっていた




「快斗…!!」



跳ねたように身体が走り出す


いてもたっても居られなくなり
大きな扉のノブにしがみついた



『言っていい事と、悪い事があるんじゃない』



必死で背伸びをしてみても
あとほんの少し届かない


それが靴も履かず裸足でいるせいだと
言う事にも気づかぬ程焦っていた


溜まっていた涙が
ついに溢れる



「かいと…っ!」



鍵までのあと2oの距離が
どうしようもなく遠く感じる



「かいとぉ…っ!」




涙でぼやけた視界が
より扉を開く事を阻止して
頭の中の笑顔がどんどん薄くなっていく

『何で途中で帰ったの!?』



いつもそうだ


自分のプライドを守りたいが為に
言いたい事は言えず
余計な事ばかり出て来てしまう


それでもアイツは笑ってくれるから
いつの間にか甘えていたのかもしれない



今度こそちゃんと理由を言うから


もう途中で帰ったりしないから


抱き着いてきても殴らないし
バーローもちょっと控えるから



だから、離れ


「んなよっ…」




ワガママで推理馬鹿で
女王様気取りの俺を



「置いて、く…なよ…っ!!」




指先が、ロックに触れた



カチャリ



しかし
開けたのは自分じゃなかった



コナンが触るより前に
ロックは向きを変えて
扉が開閉自由の状態になる



「…あ……」



呆然としたまま固まっていると
ゆっくりと広がる隙間から
冷たい風が頬を撫でる



工藤邸の鍵を開けれるのは
自分が知っている限り
二人だけだ




「……コナン?」



家主である自分と

今目前に立っている
恋人の黒羽快斗だ




「快斗…!!」

「…っと!コ、コナンちゃん!?」



目の前の彼が
今拒絶されたと知った相手でも
身体は感情に突き動かされるまま
ぼふっと長い脚にしがみついた


「…と…っかいと」



たった72時間ぶりとは思えないくらい
長く長く見てなかったように感じる姿



拒絶された奴にしがみつかれ
泣きじゃくられても迷惑かな

なんて考える余裕もなく
嗚咽が止まらなかった




「コナンちゃん…」



長い指が頭を柔らかく包み込んだ

このマジシャンらしい指だって大好きなのに
何であんな事を言ってしまったのか


それは三日たった今でも解らない


ようやく引きだした
嗚咽を我慢しながら
恐る恐る頭上を見上げると
罰が悪そうな快斗の顔があった



「コナンちゃん…ごめんね」



泣かないで、と
腰を屈めた快斗の方が
今にも泣き出しそうに見える


なぜ快斗の方が
苦い物を噛んだような顔をしているのか


コナンは理解出来ない



「家事は?」

「…出来なかった」


その言葉通り
今の工藤邸は台所こそ
出前をとっていた為汚れていないが


洗濯物も溜まり
掃除もそこそこに
快斗が居る時とは天と地の差があった


今回知った

快斗が居ないと何も出来ないんだって



「辛い思いさせてごめん」

「…俺…の方が…」


ごめん、と小さく呟くと

背中に回った腕が
小さな身体をしっかりと抱きしめた




「…ここじゃ何だから
入っても良い?」




当たり前の提案に
コクンと頷く



「ただいま」


笑顔の快斗を迎え入れた工藤邸の玄関に

久しぶりに
4足の靴が並んだ


























「落ちついた?」




工藤邸に入ってもなお、
頭上から降ってくる優しい声


それも、現在進行形で
コナンがソファに座った快斗に
いわゆる”だっこ”されている状態だから


いつもなら恥ずかしすぎるこの体勢も
今は安心できて心地好い




「電話、した?」



さっき散々見せたのに
まだグズグズと出てくる涙を見られたくなくて
広い胸に顔を沈めたまま頷く



「…繋がら…なかった」




心臓がえぐられるような衝撃を思い出し
また涙が涙を押し出した


そんな小さく呟きを聞くと
何やら快斗が忙しなく動きだす




「あー…っと」

「…?」


「……ごめん、その、

あれから帰る時携帯落としちゃって…」





その言葉に
目を逸らしながら言いにくそうに吃る快斗を見上げる



「じゃあ…」



ぶつかったのは
悪戯がバレてしまった子供のような顔

「…うん、壊れただけ」

「…………」


…衝撃の真実


あまりの恥ずかしさに
また顔が胸に戻る

先程まで一人で取り乱していた自分は何だ

思わず「コナンちゃん絶対誤解してると思って」
とかほざくコイツを
蹴りたい衝動に駆られる






でも




「…嫌われたかと、思った?」





優しく聞いてくるその声に
からかいの色は微塵も無くて




「…たりめーだ、バーロ」





あんなに素直にならなかった
感情と口が一致する


一言、おまけ付きではあるが。




「ごめんね…怒ってる?」

「な、んで俺が怒るんだよ」



お前が携帯落とすくらい走ったのだって

俺からの言葉に傷ついたからだろ?



「だって、動揺して
コナンちゃんの話も聞かないで出ていったし」

「……」

「三日間も一人にして」


頭を撫でる手に力がこもる


「こんなに、泣かせちゃったから」


心底後悔した表情に
意地がスーッと引いていった

コイツにとっても
この72時間は
とてつもなく長い物だったんだ


俺だけじゃなかったんだ




「…俺」

「うん?」



「お前が、すげー手品して、歓声受けて」

「…うん」

「女の人も…楽しそうで…」






目を閉じれば
三日前の記憶が蘇る










黄色い歓声が飛びかう会場

それを一心に浴びている天才マジシャン


その姿は
恋人という事を差し引いても
眩しい程輝いていた
『快斗ってやっぱカッコイイよね!』

『あの笑顔がたまんない〜!』


あちこちから聞こえる甘ったるい匂いと声


そしてそんな彼女達に向かって
更に笑顔を振り撒く快斗




(何だよ…アイツ)



ただのファンサービスだと解っていても

次第によく解らない不満は積もっていき

とうとう堪らなくなって席を立った



結局悶々としたまま帰り着き
初めての感情に戸惑ってる最中に
快斗に詰め寄られて



「……つい…」



独白している自分の声だけが響く



やはり、こんな本物のガキみたいに
身勝手な感情で傷つけた事を怒っているのだろうか


叱られた子供のように
快斗の顔を盗み見ると




「…快斗?」


今までに見たこともないくらい
真っ赤になった快斗が居た

予想外の事に、涙も引っ込む



「おい、顔赤いぞ?」


ぺちぺちと頬を叩くと

ようやく快斗は言葉が喋れるようになった




「や、だって、それって…」

「それって?」


「…や、やき…も…」


「…焼き芋?」




快斗が何を言いたいのかがさっぱり解らず
首を傾げるコナン


しかも散々どもった後
「やっぱ良い」と打ち切られてしまったのには腹が立った



「何だよ、気になるじゃねーか!」

「いいの!気づかなくて!」

「何だよやっぱ女見てたのかよ」

「違う!俺はコナンちゃんしか目に入んないの!」



またいつもの口ゲンカ


でも今度は二人とも笑顔だ





「ねーコナンちゃん」



ひとしきり騒いだ後
快斗が新しい携帯電話を見せて言った



「コレの中さ、
今コナンしか”入ってない”んだ」



入ってない、と言うのは
おそらくアドレス帳の事だろう



「おい、まさかデータ全部吹っ飛んだんじゃ…」


「違う違う、データ復元してもらって
自分で全部移したんだよ」



コッチにね
と取り出したのは
もうひとつ別の種類の携帯


要約すると
コナンのアドレスと
その他大勢のアドレスを
わざわざ二つの携帯に分けたと言うのだ




それは、つまり――




「こっちは
コナンちゃん専用の携帯ってこと!」



嬉しそうに笑う顔は
ステージの上じゃなくても眩しい



「これからは
この携帯しか触らなくなるかもな〜」


「……バーロー…」




コナンは我が子のように携帯に頬を寄せる快斗を見て


自分は思ってる以上に
このマジシャンに愛されているのかもしれないと悟った














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「快コで切→甘」
を所望との事でした、が!

「快コ」と言う所しか
消化出来てませんねすいません



生ぬるいものですが
キリリクを授けてくれた
名無しの神様に捧げます…!
ありがとうございました!




うめこうめ


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