風が強い




下から駆け上がってくるような冷たい風に髪が逆立つ



東都の夜景は少々明るすぎて
夜だというのに少し目を細めなければならない



「…………」



ビルの警備員を眠らせて屋上に忍び込んだ小学生は
小さすぎる体を鉄の柵に預けてため息をついた



もうダメかもしれない
と胸の奥で思う



何がダメなのかは解らないけど、漠然と、けれど確かにそう思った


自分の身体を小さくした奴らは見つからず、逆に自分達は見つけられそうだし

幼馴染に本来の自分で会える回数なんてたかがしれてる

そしてそれ以外は江戸川コナンとしての姿でしか会えない




毎日毎日、同じことの繰り返し



習った授業を当たり前にこなして

血眼になって探している黒い影は見えなくて



”ガキ”の頃ビデオで見たアニメの様に
「僕もう疲れたよ」とでも言いたくなる



小さくなった肩に乗せるには
この重荷は重すぎたのかもしれない



下を見れば、道路には真っ暗な闇
ふっとそのまま吸い込まれてしまいたくなった


柵を握る手にぎゅっと力を込めて足を蹴り上げる
持ち前の運動神経でストンと柵の向こう側へと降り立つ




「……………」





グンと夜景への距離が近くなって、
一瞬自分に関わった人達の顔が浮かんで、消えた


冷たい風が頬を撫でても実感は湧かない



俺がいなくても明日も世界は回り続けるのだと考えたら
命灯を絶やす事にあまり抵抗はなくなった


不思議な事に涙は一切出なくて
眠りにつく5秒前のように、頭は眠っている



そしてそのまま
重心を前へ、前へ
もっと前へ





もっと
























「夜景見物にしては、ちょっと危なっかしーんじゃねぇか?」
















「―――っ!」




反射的に踏みとどまる


聞き覚えのある声に急かされる様に振り向くと
やはり見覚えのある白い衣装、逆光でも解るスかした表情














「な?探偵クン」



「…キッド…」





屋上の入口の上に座っていたのは
紛れも無く、世紀の大怪盗だった

























それから何分たっただろうか


状況は変わらずに、俺達は沈黙を守っている


俺は相変わらず柵の向こう側だし
キッドは微笑んだまま俺を見下ろしている

ドラマのように説得する訳でも無く、ただじっと目を合わせていた





「…何で、居んだよ」




やっと言葉を発したのは俺で
その言葉も何とも場に不釣合いな物だった



「いやさ、ちょーっと下見に飛んでたら
何か屋上にちっちゃいのが居るなーって思ってよ」


「ちっちゃくねぇよ」




ドクンと心臓が動く


本当の事を言われると人間は怒ると言うが本当だと思う



実際俺は小さい

けれど本当は小さくない



そのギャップと苛立ちに俺がどれ程苦悩してここにたどり着いたか
コイツには絶対に解らない


睨みつけると、怪盗は少し悲しそうな顔をして「そうだよな」と呟いた



綺麗な月が昇っていて怪盗の影が一層濃くなる
それを確認して俺はまた怪盗に背を向けた

先ほどより風が強くなっていた





「…跳ぶのか」



遠く背中から降ってきた声に「ああ」とそっけなく返事する
怪盗はもう一度「そうだよな」と呟いた



「…跳ぶのは構わねーんだけどさ、
最期に怪盗の愚痴聞いてくんねぇ?」



「……………」




何も言わずに顔を下に向ける
底なし沼の様な闇が広がる
怪盗はそれを了承ととったのか、すぅと息を吸い込んだ





「俺の現場にいっつも来る奴がさ、これまた中々頭が切れる奴でよ、
さすがの怪盗キッド様も仕事がやりにくくってさー」


「…………」



「でも最近1回だけソイツが来なかった事があるんだよね」




そう言われて思い出す
1ヶ月程前のこいつの犯行日に、たまたま博士達とキャンプに行っていて行けなかった事




「…さぞ盗みやすかっただろうな」




ポツリと呟く
すると意外にも怪盗はオーバーリアクション気味にため息をつく




「それがさ、全然ダメ。
なーんか張合いが無いっていうか、全くスリルが無くってさ。
結局あん時ゃ用意した華麗なマジックも披露する気になれなかったぜ」




そうか。と心の中で相槌を打つ
怪盗の声が先ほどよりも大きく聞こえたのが不思議だ




「もしソイツが居なくなるんなら、俺の楽しみも失くなるんだろうな」




独り言のようなその言葉は、明らかに近づいていて


咄嗟に振り返ると、視界が全て白色に染まった



抱きしめられてるのだと気づくのには
探偵である俺でも少し時間がかかる


コイツが現れた時から、止めようとしたら抵抗しようと心に決めていたのに
まるで身体から力が抜けてしまって
その暖かさに包まれてしまう








「…離せよ」


「話せよ?オーケー、いくらでも話してやるぜ?
まず第一に、お前は居なくちゃならない存在だ」



「…江戸川コナンなんて、元々居ちゃいけない存在だぞ」




勝手に意味をはき違えてとる怪盗に
訂正する気さえ起きなくてつい応えてしまう自分がいる


安心感にも敗北感にも似た気持ちのまま顔を上げれば
信じられない程穏やかな怪盗の顔が近くにあった








「誰が江戸川コナンだって言った?」



「え?」





トントンと拳で胸をノックされる










「”ココ”に居るお前だよ、工藤新一」









瞬間

拳のぶつかった箇所がじわりと熱くなって
それが目の奥へ流れ込んだ



その流れ込んだ物が頬を伝って、
初めて”泣いている”と言う事が解った


モノクルの後ろの穏やかな瞳に映る泣き顔が嫌で
怪盗の白いスーツへと顔を埋める








「…頑張りすぎてんだよ、名探偵は」






うずめた顔ごと掌で包まれて
涙は声へと変わっていく







「…俺は…段々…”俺”じゃ…なくなっ…」





コナン君と呼ばれる度


現場でおっちゃんに投げられる時


小学校で知らない曲を習った時



工藤新一の影が段々薄くなっていって
しまいには消えてしまうんじゃないか。



時々、何のために黒の組織と闘っているのかが見えなくなる







「大丈夫。知ってる」



少なくとも、俺はお前が工藤新一だって知ってる



そう囁かれて嗚咽は更に激しくなって
言葉にもならなくなっていく



ただただ、頭に置かれた手は暖かかった





「っ…っう……っ」











ただただ、暖かかった































嗚咽が静かに止んでいって、泣き疲れた探偵が寝てしまったのだと気づく










「……………」






怪盗である俺の前で素直になれる程、この小さな身体が追い詰められていたのだと思うと
心臓が潰されそうな感覚に襲われる


先ほど屋上にいるこの姿を確認しなかったらと思うとゾッとした












「――またダメになりそうだったら呼べよ、探偵クン」






届かない伝言と共に、ホンモノの連絡先を走り書きしたメモを
そっと彼のポケットに忍ばせ

怪盗は寝入った身体を抱きしめ
事務所の方向へと飛び始めた





































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しらたま様リクエスト
「黒の組織との戦い、蘭との関係、小学生としての人生に疲れて
鬱になるコナンがビルから飛び降りようとしたとき、
キッドが現れて、コナンを慰める。
最終的に、ハッピーエンド(慰め隊)」

なお話です^ω^!

このお話から1週間後にはちょっぴりドキドキしながら怪盗に電話をかけてみる江戸川が見れます(見れません)


しらたま様、私じゃ中々思い浮かばない素敵なシチュエーション提供
本当にありがとうございました!




うめこうめ
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テーマ「人外ファンタジー」
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