「コナンちゃ」


「いかねぇ」



あっさりと即答される



というか、まだ何も問い掛けていないのだが。




憮然として工藤邸のソファに腰を下ろす小学生は

冷えたオレンジジュースを飲んで
また痛そうに顔をしかめた




「ほらぁ、やっぱ行った方が良いって…











歯医者」





「…………いかねぇ」





先週ランドセルの中から発見した
歯科治療を促す用紙



つまるところ、小学校の歯科検診に引っかかったのだろう



身体の組織は子供なんだし
弱い歯は蝕まれても仕方ない



さっさとプロに治してもらった方が良い、
そう思って歯科医院への通院を奨めると


意外にもコナンは
口を固く閉ざしてしまった



コナンいわく
「あの雰囲気とか、音とか感触とか、
全体的に身体が拒否する」らしい



そう言うが、瞳は明らかに動揺している




簡単に言うと”怖い”のだ


普段の生意気な口調とは逆の
垣間見る彼の可愛い所




かといって

愛しいコナンの歯をこれ以上蝕まれるのも嫌だから



「怖くないって」



と、にこやかに諭すのだが


苦手な物には近寄らない主義のコナンは
「いやだ」の一点張り





しかも強制的に連れていこうとすると

少し唇を噛んで、本当の子供みたいに泣きそうになるもんだから反則だ



俺の胸が罪悪感で埋めつくされる事を解っていてやってるのは解るけど


それを上回る凶悪な可愛さが
コナンを引っ張る俺の腕を止まらせる




だがやはり虫歯は治さなければ…






そんな堂々巡りを繰り返して困り果てた俺は




最終手段、
あの人物に連絡を取った
















「…っていう訳なんですよ、優作さん」



「ふむ、アイツはやはりまだ克服していなかった…か」




電話の向こうの推理小説家は
落ち着き払った声で納得した




無論彼も
新一と俺がソウイウ関係だと言う事は知っているから



何でお前がそんな世話焼いてるんだー、
なんて疑問に答えなくて良いから助かる





「まだ、って
昔から嫌いだったんですか?」



「アイツの歯医者嫌いは酷くてね
私と有希子も苦労したよ」




歯医者に行くのを渋るちっちゃい新一…



かなり可愛いものがある




(いやいやいや、
そんな妄想してる場合じゃねーぞ黒羽快斗!)




それに、仮にも保護者の前だ





「あ、あーそれで?
どうやって行かせたんですか?」




ごまかす様に
わざとらしい咳ばらいをしながら受話器に意識を戻すと



電話の向こう側で
優作さんがニヤリと笑った気がした















「…どうだい?君にピッタリの方法じゃないかね」




時間で言えば10分程度で授けられた知恵は
優作氏ならではの方法だった




「確かに、得意分野ですけど…
そんなに簡単に行きますかね?」



「無論、これでもアイツの親だからね。
…っと、そろそろタイムアップらしい」


「へ?」





何の事か解らずに居ると

受話器の背景から怒涛の叫び声が響いてきた




(……あー……)




なるほど、


さすが世界屈指の推理小説家




編集者との追いかけっこは
もはや日常茶飯事らしい



あっという間もなく切られた電話を置き

快斗はさっそく作業に取り掛かった





















「…なんだこれ?」







放課後、下駄箱の中に入っていた封筒を見つけて
コナンは首を傾げた



(朝はこんなモン入ってなかったよなー…)




無地の白い封筒の中身は
またもや白い一枚のカード



それにはプリントされたアルファベットの羅列と
「江戸川コナンへ」と書かかれてある



(面白いじゃねぇか…)



小林先生か、はたまた博士に頼まれた灰原か




誰が何の目的で入れたのかは知らないが



三度の飯より暗号が好きなコナンは
ランドセルの重さも気にせずに
軽やかに走りだした



















(えーと…次は駅前の美容院か…)




アルファベットの羅列を読みとけば、
辿り着いた場所はLIBRARY「図書館」で


さらに図書館に着けば新しい暗号文が隠されていた




その繰り返しを4回程して

それぞれの暗号は凝っているから楽しいのだが
身体の方が少しだけ疲れる




(…さすがにこれで終わりにしてくれよ…)



と悪態づきながら
美容院の植木鉢で次の暗号を見つけた時



「…ん?」




ふと

視線を感じた気がした




後ろを見ても人が行き交うだけだし、
それは蚊の命程の速さで消えてしまったが



確かに何かが、こちらを見ていた





(んー…?)




若干の不信感を感じたが
目の前にある新たな謎に向かう


今度の紙は!や×などの記号と数字が並んだ物


それと数秒間睨めっこして
コナンの推理回路は繋がってしまったらしい



(えー、と。この交差点を右…Yが消防署の地図記号だから…)




今日は平穏らしい消防署を左目に
右を見ると白を基調とした建物



暗号によると
どうやらここが目的地だ




清潔な印象を受ける外装は
何だかまるで病院みたいで、
少し嫌な予感がする












「…どいとう……しか…?」






鹿?




平仮名で書かれた可愛らしいデザインのプレートを見て
コナンは首を傾げる



しかしちらりと上を見て

ベージュの看板に書かれた緑の文字を読み取ると











”土井塔歯科”









「――――し、っ!?」




ようやく此処がが歯科医院だと気づいた瞬間

コナンの小さな身体が宙に浮く



脇腹をしっかりと抱える掌は
普段よく知っている人物の物












「ッ快斗!?てめぇっ!!」





振り返ると、やはり自身を抱き抱えているのは私服の恋人で


先程の視線はコイツのだったのか、と気づいてももう遅い







「はーなーせー!!」



「暴れないの!ちゃんと治療してもらわなきゃ!!」





じたばたと暴れる手足は短く

快斗の身体に当たりもしない






「おい!この暗号テメェが入れたのか!」




と叫ぶと、快斗は何故か勝ち誇ったように言った






「そうだよ?優作さんから小さい頃
いっつもこうやってたって聞いたから」








―――あの野郎





普段は尊敬する父だが
今だけは地の果てまでも追いかけて一発蹴り飛ばしたい




幼い頃いつも暗号に釣られて来ていた事を思い出して唇を噛む



悔しそうなコナンをよそに
罠にかけれた快斗の


「いやぁ良かったよ、新一がちっちゃい頃と何も変わってなくて」



階段を上りながらの
にこにこ言う笑顔を見て



コナンは初めて
暗号を嫌いになった

























「もー暗号はいい…」


「そう?じゃあ俺は商売あがったりだなーv」













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