私のココロも



 私のカラダも



 全部私のものではなくて







 ココロは貴方に奪われ



 カラダは貴方に馴染んでしまった









 ときどき思うの



 貴方の為に私があるなら





 貴方にいらないと言われたら



 私は私を取り戻すのかな



 それとも







 価値の無くなった私は









 やっぱり私ではないのかな




Episode 012. Meaning Of Me
- 存在価値 -




* ユキノが悪魔の里に来てから、四年が過ぎた。相変わらず、ここの仕組みはよくわからないけれど、ユキノは近くなら、カレルがいなくても外出できるようになっていた。カレルは時々、何も言わずにしばらく居なくなる事があった。どこに行っているのかは、なんとなく聞いてはいけないような気がして聞けずにいた。ユキノが最初に連れて来られた部屋は、ユキノの部屋として与えられた。村に居たときとあまり変わらない室内に、どうしても錯覚してしまいそうになる。家の中を別の部屋に移動したい時は、特別な石を使う。表面がつるつるしていて、丁度鶏の卵くらいの大きさだった。その石を握ってどこに行きたいのかを念じると、部屋の景色がぐるりと変わって目的の場所に行けるのだ。カレルは、『行くってより、来てんだけどね』と言っていたが、ユキノにはいまいち理解できなかった。



「今日で…多分、七日目」



 カレルの姿を、ここ七日見ていない。ユキノはカレルが持って来た白いワンピースに腕を通しながら、小さくため息をつく。



「ケホッ」



 最近、またユキノの調子が悪くなっていた。カレルに初めて抱かれた時、あんなに軽く感じた身体は、また徐々に上手く機能してくれなくなっていた。この四年、少しずつ少しずつ、体調は悪くなるばかりで、カレルとのセックスも、一時の気晴らし程度にしか、ユキノの身体に影響しなくなってしまった。



「ケホッコホ」



 カレルは最近、神経質そうにしていることが多かった。悪戯好きで、いつも楽しそうにユキノをからかう反面、時々怖い程無表情になる。そういう時は、カレルに話しかけても何も返事をしてくれないのだ。



「―――ッケホ」



 ユキノは、体調が悪い事をカレルに伝えていなかった。気づいているのかもしれないし、気づいていないかもしれない。彼が何を考えているのかはわからないが、ユキノは彼の前では、元気なように振る舞うことにしていた。



 咽せ込んだことで出た涙を拭って、ベッドに潜った。少し熱もあるかもしれない。身体のだるさは、小さい時からずっと経験していることだ。一人でいることもそう。





「ユキノ」



 ユキノがうとうとと眠りに落ちるという頃、耳元で懐かしい声がした。うっすらと開けた目に左右色の違う瞳を見つけて、急いで起き上がる。



「―――ッ」

「……何」



 冷たい表情でいても、ユキノは構わなかった。ただ、急いで起きて何かを言わなければと思うのに、彼を前にすると何も出てこない。カレルはしばらく黙ったままユキノの発言を待ったが、そのうちに飽きてユキノの隣に寝転んだ。



「……カレル」

「何」

「……おかえりなさい」



 期待した「ただいま」は返って来なかったが、カレルはユキノを自分の胸元に抱き寄せた。ユキノは、こういう行為に慣れていたけれど、慣れてはいても胸が高鳴るのを抑える事はできない。ユキノに触れる、カレルの手は冷たいが、いつもとても優しいから。



「寒いなら、もういくけど」



 自分の体温が、人間よりもかなり低いということはわかっている。薄い布越しに抱きしめられていては、ユキノはきっと寒いだろう。カレルが言うと、ユキノは自ら、少し彼に身体を寄せた。



「……おかえりなさい」



 心臓の音は聞こえなかった。心臓があるとは言っていたが、その鼓動はいつ刻まれているのかわからない。悪魔の心臓は、人間のそれと同じ働きを持ってはいないのかもしれない。とにかく、身体を寄せ合っていても、一人で居るときのように、自分の鼓動しか聞こえなかった。それでも、一人でこの部屋にいるのと、二人でいるのとは違う。

 カレルは、もう一度同じ言葉を発したユキノの頭を、ゆっくりとなぜた。外では、今は煩わしい事が多すぎて、以前のように気ままな生活をする事ができなくなってしまっていた。サタンが死んで、元々糸のような均衡が、保たれなくなってしまったのだ。気ままに、自由に、好きなようにがモットーの悪魔にも、それなりに悪魔同士のルールがある。それを無くしては、雑鬼ざっきやゴブリン達と同等だ。悪魔には彼らなりの、誇りがあるのだ。



「……」



 頭を撫でていると、ユキノは静かな寝息を立て始めた。こうしている時間、カレルは外のいざこざから解放される。ティントレットやドナテルロは問題ではない。次のサタンになろうと、カレルを狙う悪魔が多くなったのだ。魔の里において、今一番それに近いと言われる実力を持つのは、カレルの他にたった一人。その一人は、ここ何百年も姿を現していないらしい。現魔の世界において、一番その座に近いカレルを倒せば、その時点で確定してしまうようなものだ。雑魚を始末することが大変なわけではないが、元々居心地の良くないこの場所が、今では更に居づらい場所になった。



「……ただいま」



 すやすやと、安心しきった寝顔。ユキノの体調が良くない事はわかっていた。いくら抱いても、その輝きが内に引っ込むことがなくなってしまったから。ユキノの魂を見つめて、カレルは呟いた。



「疲れたなら、止めてもいいのに」



 今にも、動く事を止めてしまいそうな小さな心臓に向かって、カレルはにやりと笑う。けれど小さな鼓動は、一向に止まる気配はなく、ただ静かにその音を刻んでいた。ユキノはきっと、この魔の里にいない方がいい。普通に生活していても、人間にとって刺激の強いエネルギーの渦巻くこの地で、今までよく生活していたと思う。もっとも、そのエネルギーに活かされているユキノだからこそ、狂わずにいれたのかもしれないが。どちらにしろ、時は逸してしまった。ユキノの身体はもう、あの空間のひずみを抜けることは出来ない。もっと早く気がついていれば、あるいはあの祖母たちの元へ送ることもできただろう。できた所で、自分がそうするかはまったく別の話ではあるのだが。



『こうしていると、恋人みたいね』



 いつだったか、ユキノがこの里に来てすぐに言っていた。あの頃、ユキノの身体はとても調子が良くて、彼女は小さな身体で飛び跳ねて喜んでいた。カレルはユキノをベッドに残し、外に出た。



「―――まただ…。いい加減、しつこいんだけど」



 耳の奥で響く、切ない祈りの歌。もう聞き飽きたと耳を塞いでも、同じ旋律を繰り返して、終わることは無い。ユキノがいないと、いつもこうだ。何かで気を紛らわせても、一向に止む気配はない。



「ほんと、何が言いたいわけ」



 あの女は。口の中で呟いた言葉を聞き取った者はいない。闇の中に光る無数の瞳をうざったそうに睨みつけて、目を閉じた。



「……あのさ、機嫌悪いんだけど」



 最前列にいた瞳が、あまりのオーラにたじろぐが、もう引けはしなかった。






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