モノクロの世界なら あなたの光にこんなにも こころを奪われることも きっと、なかったのに けれど思いとは裏腹に 世界には 色が溢れて 混ざって 合わさって ほら、今日もまた ―――また新たな色を作ってる - おもちゃ - どれくらい歩いたのか、ユキノにはわからなかった。もしかしたら、時間が歪んでいるかもしれないし、空間ごと歪んでいるのかもしれない。ただ四角い白い建物が立ち並ぶ、通りをカレルの後についてずっと歩いていた。 「あの、…カレル?」 「何」 「どこに行くの?」 カレルはユキノの方に少し目を向けたが、すぐにまた前を見てしまった。身体は驚く程軽いが、こんなに歩いた事は初めてかもしれないと思った。息も弾まないのが、どこか自分の身体ではないように思えて仕方が無い。悪魔のエネルギーは、本当によくユキノの身体に馴染んでくれているらしかった。 またしばらく歩くと、カレルがため息をついた。 「あんたたちも、物好きだよね」 誰に向かって話しているのかわからなかったが、カレルは変わらず前を向きながら、確かに誰かに語りかけた。ユキノは自分たちの他に生き物の気配がしない周囲を見渡すが、やはりいくら見てもそれらしいものは見えない。 「カレル…あの?」 「あんたは黙ってて」 ユキノが話しかけると、カレルはユキノの方を向いてそう言った。黙れと言われては、そうする他ない。ユキノは再び周りを見て、何か違和感を覚えた。 「なぁ。そろそろ怒るけど」 カレルがそういうと、周りの景色が少し変わった。 「まぁまぁ。そう怒るなよ」 「そうよぉ。せっっっかく待ってたのにぃ」 四角い白い建物は、きっと、変わっていないのだろう。ユキノが変わったと思ったのは、カレルの前に立つ紫の羽を持つ悪魔と、深緑の羽を持つ悪魔のそれぞれの羽が、一気に舞ったからだった。 「あんたたち、殺されたいの」 至極フレンドリーな彼らに対し、カレルの態度は冷たかった。深緑の羽を持つ悪魔は、白いシャツを着て、カーキ色ズボンを履いていた。髪は少し癖があり、長い前髪を真ん中で分けている。どこか色のある男性だった。紫の羽を持つ悪魔は、胸がV字に大きく空いた、ホルダーネックのドレスを 「まってよぉ。私たちカレルたんに朗報もってきてあげたんだからぁ」 くねくねと身体をしならせ、カレルの肩に手を置き、紫の羽を持つ悪魔は甘ったるい声を出す。ユキノはそれを見て、胸がちくりと痛んだ。 「そーそー。お前があっち行ってる間に、サタンが死んだんだぜ。な。ビッグニュ〜〜ス♪」 ニカッと笑うと、深緑の羽のある悪魔はえくぼが出来た。 「ところで…そのこ、何?」 紫の悪魔が指差したのは、間違いなくユキノで、自分はきっと気づかれていないのだと思っていたユキノはびくと驚いてしまった。身体をくねらせながら、ユキノの方に近づく悪魔は、美味しそうね、とか、もうちょっと成長したらいけるわね、とかぶつぶつと呟いている。後ずさりしていたユキノは、もう一人の悪魔にぶつかって止まってしまう。 「おい。そいつ、俺のだから触んなよ」 カレルがそういうと、紫の悪魔は動きを止め、ふーん、とユキノを上から下まで眺めてからにこりと笑った。 「へーぇ。カレルってこういう趣味だったのね。道理で私に 「え…」 「なになに? 俺のってどういうこと」 紫の悪魔は相変わらずユキノを舐めるように眺め、ユキノの後ろにいたはずの深緑の悪魔はカレルの肩に腕を乗せて頬をぐいぐいと肘でこついている。 「……ユキノ。こっちおいで」 「え? ぁ、はいっ」 突然名前を呼ばれ、ユキノは弾かれたようにカレルの元へ走った。深緑の悪魔は、ユキノに道をあけるようにカレルの側から少し離れる。 「こういうこと」 「いた…っ!?」 カレルはユキノの腰を左手で引き寄せると、胸の辺りの空気を空いた手で掴んだ。カレルの手はユキノに触れていないのに、心臓の辺りが焼けるように熱かった。ユキノはカレルから離れようともがいたが、離れようとする度にツキリと痛む。ユキノの抵抗などおかまい無しというように、二人の悪魔の見守る中、カレルはユキノにキスをした。そして、 「で、ティン? ドナの言った事はほんと?」 「サタンの事なら本当よ」 カレルはティンと呼ばれた紫の羽を持つ悪魔に確認を取ると、いつものように対して興味も無さそうにフーンと一言呟いた。 「じゃね」 カレルはへたり込んだままのユキノを立たせると、その手を引いてまた歩き出した。紫と深緑の悪魔は、やれやれといったようにお互い目を合わせると、すっと消えてしまった。 「……カレル?」 「……あ?」 「さっきの人たちはお友達?」 「はぁ?」 カレルの反応は冷たくて、ユキノを少し居づらい気持ちにさせる。しばらく歩くと、カレルが口を開いた。 「紫の羽の方は、ティントレット。今は女の姿をしてたけど、男にもなれる淫魔。緑の羽の方はドナテルロ。あいつは幻魔だったかなー。いつも俺にくっついて来る変な奴ら」 「…じゃぁ、サタンていうのは?」 「あぁ?」 また質問かよ、というように、カレルはため息をついた。ユキノは彼の機嫌を損ねてしまったかと俯いたが、カレルは珍しくすぐに答えをくれた。 「サタンてのはここでの最高位の悪魔に与えられんだよ。こんな秩序無い感じの所でも…まぁなんかあったらそいつが問題起こした奴ら全部殺すんだよね」 「じゃぁ、死んだら大変?」 「そうなんじゃない?」 その後は、ユキノは質問をしなかった。聞きたい事は沢山あったけれど、カレルの機嫌を損ねたくない。ユキノはまた黙って、彼の後ろを手を引かれながら歩いた。 「…チッ。ユキノ」 ユキノはカレルの言葉に顔を上げた。大分歩いたはずなのに、景色はまだ白い四角い建物が続く道だった。大きさだけがまちまちで、どうやってここに住む人たちが自分の家を探せるのかがわからない程同じように見える。カレルはずっと繋いでいた手を離して一つの大きな白い家の、白い扉のノブに手をかけた。 「そこ、動くなよ」 彼の後を追おうとしたが、身体が動く前にカレルに言われてしまった。ぴたっと動きを止め、その場に立ち尽くすユキノを見て、カレルは扉を開ける。 『ギャギャギャギャッ』 「ひっ!?」 カレルが扉を開けると、中から見た事もない空を飛ぶ生き物が沢山出て来た。頭と羽以外、骨が見えて中から内蔵が飛び出しているように見える。とても生きている状態ではないのに、声をあげ、ユキノの方に襲いかかってくる。逃げようとして足を引いたが、カレルがまた動くなと叫んだので踏みとどまった。 すぐ目の前まで、ワニのような顔をした魔獣が口を開けて迫っていた。ユキノは怖くて目を瞑ったが、食べられる、と思った瞬間、目の前が明るくなった。ユキノが目を開けると、さっきまで空を飛んでいた魔獣は地に伏せ、弱々しい鳴き声を出す。 飛び散った体液は酷くにおって、ユキノは顔をしかめた。ヘドロのような匂いと、あまりに悲惨な光景に吐き気さえしてくる。白かった家や道は、彼らの体液でドス黒く染まっていた。 「あーあぁ。くっさ」 カレルはまたへたり込んでしまっているユキノを抱き上げて、魔獣の死骸の海を飛び越えた。そして先ほど開けた扉の中に入ると、部屋の真ん中に立った。 「いい加減、震えるのやめたら」 「え…」 ユキノは言われて、自分の身体が震えていることに気がついたが、いくら止めろと言われても、意思でどうにかなるものでもない。カレルはさっき歩いていた時よりも機嫌が悪そうで、どうしてあんな生き物に襲われたのかを聞けるような空気では無かった。必至に震えを抑えようと身体をさするユキノを見ていたカレルは、はぁ、とため息をついた。 「まぁいいや」 カレルがそう言うと、景色がくるりと変わった。さっきまで、白い壁に囲まれた何もない広い空間だったのに、今は木目の美しい家具がある普通の家だった。 「え…?」 「ようこそ? あんたの家と、そう変わんないでしょ」 本当に、と思った。しかしどうやってこんな所に来たのだろう。 「なんで…」 質問をしかけて、ユキノは口をつぐんだ。カレルが自分をベッドに降ろし、服に手をかけたからだ。 「え…カレル?」 「…」 ボタンの無いワンピースを来ていたユキノは、あっという間に丸裸にされてしまった。まだ前の痕が消えていない身体に、またカレルが吸い付く。 「ん…っ」 カレルの柔らかい唇。けれど、彼の身体はどこもかしこも、触れる所全てひんやりと冷たい。ユキノの身体が熱を持っても、一向にカレルの身体は暖まらない。 「…っん…っぁ、ねぇ…?」 指は、もう難なく入ってしまう。くちゅりと卑猥に響く音を聞いて、顔を真っ赤にした。ユキノの呼びかけに、カレルは返事すらしない。 「あぁ…っん…んぁ…っ―――っ」 カレルを飲み込むのは、まだ苦しかった。息を上手く吐こうとしても、なかなか思うように出来ない。 「聞きたい事いっぱいあるんだろうけど」 「ん…っぁ…っ」 ここに朝とか夜とかがあるのかいまいちわからなかったけれど、窓から差し込む光に、カレルの肢体が照らし出されて、ユキノはまた熱くなる。自分もこんな風に見られているのかと思うと、身体の奥がきゅうとなった。 「おもちゃはそれらしくさ」 「…っ…ん、…ぁん…っはっ…っはぁっ」 腰の動くが早すぎて、息ができない。聞こえているのかいないのかわからない。ユキノに話しかけるカレルは、その淫らな喘ぎ声を聞きながら、温かいその身体に楔を打ち付け続ける。 「俺に遊ばれてたらいんじゃない?」 にやりと笑う顔は、ユキノの好きなあの顔だった。 「んっん―――っ」 どくどくと、身体の中で脈打つのを感じる。疲れ果てたユキノは、身体の怠さとは逆に生命が溢れてくるような気がした。 (―――…悪魔のエネルギー…) カレルは、終わるとどこかに行ってしまった。この部屋は温かくて、ベッドは微かに彼の匂いがする。 (おもちゃ…なんだ。私) 悪魔の玩具。愛されるとは思っていなかったけれど、そうはっきり言われてしまうと息が詰まる。 「……ていうか、…非常食?」 声に出して、自嘲気味に笑った。そうやって身体を売ったのは、他でもない自分だ。魂は母が、それこそ、この命と引き換えに。 ユキノは白い枕に顔を伏せた。声を出してもきっと誰も来ないけれど、自分の声さえ、今は聞きたくない。 「―――っひ…っ」 そうやって命を貰って、好きな人に抱いてもらって。何を悲しんでいるのだろうか。カレルは優しいけれど、やはり、ヒトとは考えかたが違う。彼はきっと、ユキノに優しいのではなく、彼の思うようにやった事を、ユキノが勝手に優しいと思っているだけなのだ。 涙は、きっとすぐにおさまる。いつものように一人の部屋の中に、それを拭ってくれる誰かも期待しない。 † BACK INDEX NEXT † |