神様



 仏様



 精霊様



 天使様









 祈る事は簡単で



 見返りは期待してない









 億千万の人々皆の



 祈りを叶えていたらきっと



 彼らも死んでしまうもの









 叶えてくれる誰かに祈るなら



 自分も何かを



 対価を



 差し出す事で







 安心できる







 きっと、果たされるだろう









 そう、思うの




Episode 005. HORSE-TRADE
- 駆け引き -




 輝く水面に、ゆらゆらと映る太陽の赤。ユキノはその赤い光が、金と青に変わった所で目が覚めた。昨日見た夕日の夢だった事はわかるが、最後のは、ユキノが意識しすぎている為に出て来てしまったのだろうか。金と青。これで連想されるものを、ユキノは一つしか思いつけなかった。



「……結婚かぁ」



 今日も、ラフが来るらしい。カレルと夕日を見た日から三日、最近調子が良いので、今日は外出許可が出ている。ラフにどこか連れていって貰いなさいと、伯母と祖母がうきうきとユキノに申し付けた。外出許可に喜んでいたユキノは、その言葉を聞いてまたどんよりとした思考になった。ラフは、どこか嫌だった。好意的な態度の裏で、何か考えていそう。けれどユキノがラフは嫌だと抗議したところで、却下される事などわかっていた。彼女達の感心はいまや、ユキノにはなく、ユキノに宿るかもしれない未来の跡継ぎの事にあるからだ。



「ユキノ、ラフさんがいらっしゃったわよ」



 呼ばれて客室に行くと、今日は少しくだけた格好のラフがにこやかに挨拶をしてくれた。お辞儀をすると、何がそんなに楽しいのかと思うような笑顔で近づいて来る。



「今日も本当に可愛いね。じゃぁ、行こうか」

「え…あの」

「ん?」

「手…」



 当然のように手をつながれて、ユキノは腕に鳥肌が立った。頭ではこのひとが旦那になるのだとわかっているつもりだったが、身体はとても正直に反応する。



「あぁ、嫌だった?」



 ここで嫌だと正直に言える人がどのくらいいるのだろうか。ユキノは諦めていいえと答えた。ラフと一緒とはいえ、村の中を歩くのはとても久しぶりだったので、ユキノは取りあえず外を楽しもうと思った。大きな町ではないのに、ユキノはこの村の事をほとんど知らない。どこに行きたいかと聞かれ、ユキノは周りを見渡した。そしていつも窓から見えていたにも関わらず、一度も行ってみた事がない場所を指差す。



「え? あれ? ただの物見塔だよ?」

「行きたいです」



 きっと、彼にしたら行ってみても何の価値もない場所だろう。けれどユキノはどうしてもその場所に行ってみたかった。村の中で一番高いその場所からは、どんな景色が見えるのだろうか。村の外に広がる森も、何か違って見えるだろうか。そんなうきうきが、ユキノの気持ちを少し和らげた。ラフに手を引かれて、物見等の階段を少しずつ登った。ユキノは平気だと言い張ったが、ラフはユキノが病み上がりだからと途中に何度も休憩を入れた。



「さぁ、ここが最上階です」



 最上階だと言われた部屋に着いた時、ユキノは不思議な感覚を覚えた。そこはどこか懐かしくて、今までに一度も来た事がないにも関わらず、その間取りにも見覚えがあるような気がした。三百六十度、全方位が見渡せるようになっている窓からは、美しい青空と緑豊かな森が見える。下には村が広がっていて、ユキノの家も見つける事が出来た。



「ユキノさん? どうして泣いてるの?」

「え…」



 ラフに言われ、頬をこすると確かに濡れているようだった。この最上階は、懐かしくて嬉しくて、悲しい気持ちにさせる。どうしてだかわからないが、身体が何かを記憶しているように。



「具合悪いんでしたら、もう降りますか」

「え、いえ、大丈夫…」



 ユキノは、言葉の終わらないうちにそれを止めてしまった。ラフはユキノを見ているからわからないが、ラフの肩越しに、黒い翼が見えたからだ。



「……あの、ごめんなさい。私喉が渇いてしまって…。待っていますので持って来てもらえますか?」

「え? …あぁ、わかりました」



 自分でも、なんて烏滸がましいお願いなのだろうと思う。けれどそう言う意外に、ラフをここから追い出す良い案が思いつかなかった。ラフはすぐに螺旋階段を降りて行く。それを見送って、ユキノはカレルを振り返った。



「外で会うなんて珍しい」

「あ…うん」

「誰? さっきの奴」



 カレルは翼を消して、最上階の窓から中へと降り立った。どんな仕草もカレルがやれば何かの演技のように見える。一つ一つ、決まった動作をしているのではと思う程、完璧で隙がない。



「婚約者…かな」



 ほぼ決まってしまっている縁談だが、まだ結婚はしていないのだからそう呼ぶのが良いだろう。そう言うと、カレルはふーん、と興味無さそうに返事をした。



「カレルは、どうしてここにいるの?」

「あ?」



 カレルは予想外の事を聞かれたというように素っ頓狂な声を出した。カレルにすれば、この村に来たときにココに立ち寄るのはもう習慣のようなものなのだからそれも仕方が無いかもしれないが。



「あぁ、そっか。あんたはここで、なんか感じる?」



 口角をあげた、悪戯っこのような笑い方。カレルのこの顔を、ユキノは嫌いじゃなかった。



「うーん…何か、懐かしくて、悲しい…?」

「へぇ」



 一言呟いたまま、カレルは黙ってしまった。彼のこの話し方にも、もうユキノは慣れてしまって気にならない。



「下、行くんだろ」



 カレルの声が聞こえた頃には、もう身体が持ち上がっていた。一気に一番下の階に降り立って、カレルに降ろして貰うと、丁度ラフが水筒を持って帰ってきた頃だった。慌てて回りを見ても、もうカレルはいない。



「ユキノさん自分で降りて来たんですか?」

「え、…はい」

「そうですか。遅くなってしまってすみません」



 差し出されたお茶は温かく、喉を潤してくれる。その後も、ラフに手を引かれながら村の中を回ったが、どこへ行ってもユキノの感心を引くものはなかった。初めて行く場所にも随分連れていってもらったのに、最初に行った物見塔の事が、頭から離れなかった。



「ではまた」



 家まで送って貰った後、彼と別れて自分の部屋に入ると、ユキノの予想通り部屋にはカレルがいた。カレルはユキノのベッドに寝転がって、そのまま眠ってしまっている。ユキノが近くまで行って覗き込んでみたが、気づいていないようだった。



「…カレル?」

「何」



 ユキノが呼ぶと、カレルはぱっと目を開けた。覗き込んでいたままだったユキノの腕を引っ張って、自分の上に乗せた。



「寝てなかったの?」

「ユキノが呼んだんじゃん」



 近くで見る度に、彼の顔に魅入ってしまう。髪の毛と同じ、深いアッシュブルーの睫毛まつげは長く、切れ長の目を縁取っている。蒼い右目と金の左目は、何度見ても慣れそうも無かった。



「ち…」

「ん?」

「近いんだけど…」

「はいはい」



 カレルは面倒くさそうに返事をすると、くるりと身体を回してユキノを下にし、ユキノを置いてベッドを降りた。



「ガキがいる時に、キアラがいつもあそこにいたからな」

「え?」



 カレルは窓の桟に腰を降ろして、窓に身体を預けていた。明かりをつけず、カーテンを開けたままの窓からは、真ん丸の月が見える。突然話しだしたカレルの言葉が、昼間の続きだという事に気がつくまでに少し時間が掛かった。ユキノはずっと彼を見ていたが、カレルは少しも動かないので、まるでそこに銅像が置かれているように思えてくる。



「お母さん…て、どんなひとだったの? カレルと友達だったの?」



 祖母や伯母に言ったら間違いなく嫌な顔をされるだろう。小さい頃からずっと、母の事を聞きたくても聞かないようにしてきた。カレルはきっと、答えてくれる。



「キアラ? あー…度胸は座ってたかな。あと、強情? 友達ではないな。友達でもいいけど」

「ふぅん」



 カレルの答えは明瞭では無かったが、それでも母の話を聞けるだけで嬉しかった。



「祈りの歌を歌ってたんだ。あんたの為に」



 少しずつ、母の事を話してくれる。ユキノはベッドにいたが、とても眠れそうになかった。



「この前連れてったとこは、キアラも連れてったとこだよ」



 身重の身体であるにも関わらず、走って喜んだキアラの事を思い出し、ユキノを連れていってくれたのだと言う。ユキノはカレルの優しさに心が温かくなったが、カレルの話を聞いているうちに疑問に思う事があった。どうしてカレルはこんなに、ユキノに優しくしてくれるのだろうか。文献等に登場していた悪魔のイメージとはかなり違う。悪戯好きな事は変わらなそうだが、細かい事に気を遣ってくれているように感じる。



「あぁ」



 素直に聞いてみると、カレルはユキノを見てにやと笑った。彼が悪魔であるのだと改めて感じさせるようなぞわっとする笑顔だった。カレルはベッドにいるユキノに近づくと、ユキノの心臓の辺りに手を添えた。まだ膨らみの足りない胸に、彼の長い指があたる。カレルの意図がわからず、ユキノの鼓動は早まっていた。



「人間が、俺たちに差し出せるものは二つ。この前言っただろ?」

「え…と、うん」

「あんたは、女だけど、もう一つしか残ってないんだよ」



 意味を掴めずに黙っていると、カレルはまた楽しそうに空中を爪で引っ掻いて空間に亀裂を開けた。そしてその中から、黒い紙を取り出した。その上には赤黒い文字が書かれている。



「これは、キアラとの契約書。あんたの魂は、これによってもう既に俺のものなんだよねー」

「…契約?」



 カレルは屈んで、ユキノの心臓の上にキスをした。慈しむように触れた唇は、服の上からでもその感触がわかる。そして、真っ赤になったユキノの顔に手を添える。



「キアラの魂は、俺が喰ったんだ」



 カレルは悪魔だ。わかっていたはずの、当たり前の事。それなのに、その言葉を聞いた時、彼が悪魔なのだとユキノは改めて気づかされた。魂を食べる所でも想像しているのだろうか。その瞳はうっとりと蕩けそうに細められ、上唇を舌でぺろりと嘗める。



「ど…うして?」



 手をあてられている為に、顔を反らす事はできない。少しずつ近づいてくるカレルの顔は、いつものように、怖い程美しい。カレルは楽しんでいた。ユキノの顔に浮かぶ、様々な感情を観察して。それは興味であり、恐怖であり、嫌悪でありながら―――。



「それがあんたの運だったとしても…あんたは、感謝したらいいんじゃない?」

「あの、ちょっと…ちかいんだけど…」



 ユキノがそういうと、カレルは離れてくれると思ったが、いつものようにはいかないらしい。



「キアラは、こういう事しようとするといっつも蹴るんだよね」

「え?」

「こういうこと」



 カレルは、ユキノの唇をペロと嘗めた。そして少し離れて再び、今度は唇を食んだ。ユキノは初めてのキスに身じろぐが、カレルが離してくれる気配はなく、どうしたら良いのかがわからなかった。きっと、いけない事をしているのだろう。結婚前に、他の男と唇を合わせて。



「や…やだ」

「あ? 聞こえない」

「やだ…っ」

「聞こえないって」



 肩を押しても、ユキノの力ではきっとカレルは気づいてすらいないだろう。




-†-†-†-




 やっとカレルがユキノを離した時、ユキノの顔は熱で火照り、息が軽く上がっていた。カレルはまた口角を上げて微笑むと、窓を開けて満月の空へ飛び立った。

 ふわふわとする思考の隅で、カレルの言葉が甦る。



『感謝したらいいんじゃない?』



 それは母キアラにだろうか。どうして自分の魂は、もう既に契約されてしまっているのか。聞きたいことはいっぱいある。次、カレルはいつ現れるのだろう。







 その日、ユキノは夢を見た。真っ白の世界と、真っ黒の世界。ユキノは白い方にいるのに、黒い方に惹かれてしまって仕方が無い。きっとそこにあるだろう、蒼と金の光に導かれるように。







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