「悪魔の血には大きな魔力が入ってんだ。人間がそれを飲んだ場合、内側から生命に似たエネルギーが生じるわけ。でもそのエネルギーは大きすぎて、大抵の人間には毒になる」



 悪魔の血を飲んだ者の多くは、自身の細胞までを壊す絶大なエネルギーと、同じエネルギーで最大まで活性化された自身の治癒エネルギーで無限に続く破壊と再生の痛みに耐えられず、死んで行くのだった。ただし、何千何万人に一人程度、相性がいいのかその強すぎるどくを飲んで難病を治したり、命を得たりする者が現れる。今ではリスクを背負う事を覚悟でその血を飲もうとする者すらいないので伝説になっているが。





 キアラはもうすぐ死んでしまうだろう。人間の魂は、死期が近づくと現れる。キアラの魂はずっと彼女の心臓の位置に揺らめいていた。よどみの無い綺麗な魂は、悪魔の大好物だった。魂が綺麗な命の色をしていればしている程、それを喰った時に悪魔の力も大きくなるのだ。カレルは舌なめずりをしそうになる口元をきゅっとしめた。



「私は…もう、長くはないのよね」

「あぁ、うんそうだね」



 キアラの言葉に、カレルは答える。自分で死期を悟っている。隠すこともないだろう。



「子供を流せば助かるんじゃないの?」



 キアラはその言葉に首を振った。キアラが助かっても、子供を殺してしまうのでは意味がない。



「このままじゃ…二人とも、死んでしまうのよね」

「そーなんじゃない?」



 キアラは少し息を吸い込み、そして一息に言った。



「だから祈っていたの。カレル、私にあなたの血をちょうだい」



 今の話をきいてなお、「悪魔の血」を欲するのか。カレルはキアラの言葉に軽く驚いてみせる。



「はは。もう少しで綺麗な魂が二つも手に入るのに、俺がそんな事すると思うの? 血が欲しいなら悪いけど他あたってよ」

「私の魂はあげるわ」

「だから、何にもしなかったら俺はその子供の魂も手に入るんだって」



 カレルの血を飲んだからと言って、子供が助かる保証はない。現状助かる見込みが無いものが、ほんの少し、針の穴に糸を通すようなものだけ、その確率が上がるだけだ。上手くいけば、二人とも助かるかもしれない。けれどその上手く行く可能性は限りなく零だ。カレルは笑っていた。悪魔である彼に、そんな条件で交渉ができると思っているのだろうか。



「血をくれないなら、私自殺するわよ」

「!」



 今まで余裕のあったカレルの表情は、少しの驚きに変わった。けれどこの瞬間に、キアラはほっとしたのだ。いくつもの本を読んだけれど、確証があるものは一つとしてなかった。



「自殺してしまった魂は汚れて、悪魔はそれを食べられないんでしょう?」



 全てが確証の無い切り札。キアラはしかし、そんな手札で勝利したらしい。カレルの表情がさっきまでのものと違う。



「いいのよ。あなたが血をくれないなら、この子共々、自殺するから」

「……今のあんたに、悪魔の血を命の水に変える力は無いと思うけど。大人しく子供降ろせば? それか大人しく旦那んとこで、死を迎えた方がいいんじゃないの? 俺も何度か見たことあるけど、結構むごい感じだったよ」



 頭の螺子の切れた娘。カレルはキアラの印象を改めた。頑固で肝の据わった娘に。



「私の子供の魂も、いずれはカレル、あなたのものよ。でもまだ育っていないでしょう。必ず、とびきりの魂に育つから」



 最後は懇願だった。悪魔に祈った娘。悪魔に懇願した娘。――けれどその魂は、驚く程に瑞々しく、輝いている。



「ちぇ。わぁかったって」



 カレルは指で宙を掻いた。すると空間が歪み、黒い紙のようなものが現れた。カレルは指の先を歯で少し傷つけて、さらさらと文字を書いて行く。



「手、出して」



 キアラの指を持ち、同じように少し傷つけてキアラの名を書いた。そしてそれを黒い炎で燃やす。



「契約、完了。あんたの魂と、綺麗に育つっていうあんたの子供の魂は俺のものだ」



 カレルは言うや、また空間を歪めて小瓶を取り出した。そして自分の服の胸元をあけ、自分の心臓目がけて爪を立てる。吹き出した血を小瓶に入れ、蓋をしてキアラに渡した。



「悪魔に魂を売るなんて、本当に昔話みたい」

「ははは。あんたが死ぬの、楽しみにしてるよ」



 心臓から血をたらしながら、カレルは徐々に見えなくなった。キアラは彼のいなくなった空間をしばらく見つめていたがやがて小瓶の蓋をあけ、中のまだ温かく黒い液体を、一息に飲み干した。







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