もう死んでしまっているのだろうか。そんな事を思いながら、カレルはいつもの道を歩いていた。空間は歪んで、それがまっすぐなのかどうかは普通のひとには分らない。そんな森の道のない道を、ただゆっくりと歩いていた。そうして、しばらくとしない内に小さな村に着く頃、村の外れ、悪魔の棲む森の方角に向かって、一人の少女が倒れているのを見つけた。カレルはその少女に近づいて尋ねる。



「なぁ、キアラ? 死んでんの?」



 キアラは大きくなったお腹を抱えるようにして、横向きに倒れていた。そしてカレルの声を聞き、少しうめく。



「…また祈ってたの?」



 カレルははぁと息を吐きながらも、キアラの事を抱き上げた。村の方に向かって歩きながら、ほとんど意識の無いキアラに聞いた。



「……かれ…る…?」

「なに」



 返事が来る事など期待していなかったカレルは、キアラが口をきいたことに驚いて立ち止まった。ゆれのなくなった腕の中で、キアラは苦し気ながらも口を開く。



「…祈ってたの…あくまに……あなたに…」

「悪魔に? 子供の安産を?」



 ふっと笑ったカレルに、キアラは頷いた。もう、何に頼った良いのかわからない。命の炎は少し風が吹くだけで消えてしまいそうな程にか細い。



「悪魔の…血が…」

「あぁ。俺の血が欲しいわけね。命の水とか呼ばれてたからね、昔コッチでは」



 カレルはキアラを木陰に座らせた。草が生えているから、別に痛くはないだろう。藁にもすがりたいキアラが、必死で調べてきたのだろうか。大昔流行った悪魔狩りの事でも爺婆にきいてきたのだろうか。



「悪魔の血は、確かに効果が計り知れない薬になるらしいし、もしかしたらあんたの子供も助かるかもね」



 カレルの言葉は多分、キアラにも聞こえているだろう。嬉しさと安堵で、キアラの頬にうっすらと桃色がさす。



「ただし、大抵の人間には毒なんだけどねー」




-†-†-†-




 ―――昔、悪魔がまだ人里に降りる事が珍しくなかった頃。重病に冒された一人の少年がいた。薬師は打つ手がないと彼の事を見放してしまっていた。伝染するのかもわからないその病は全身に斑点が現れ、見るにも耐えないものだった。元の肌が何色だったのかを伺い知る場所の無い赤や青の斑点のある少年はいつもひとり、小さな小屋にたったひとりで暮らしていた。



 どんどん悪くなる一方の身体で、少年はそれでも生きることを諦めきれずにいた。そんな時、一匹の小鬼が少年の前に現れたのだ。小鬼は少年を見て一言こう呟いた。



『ケラケラ。内側からその病を追い払う方法があるんだよなぁ』



 悪戯好きの小鬼の言う事を、少年ははたから信じていなかった。けれど、生きることを諦められない少年は小鬼に尋ねる。



『それは、どうすればいいの?』



 小鬼はケラケラと意地の悪そうに笑いながら、少年の周りを踊りはじめた。



『簡単簡単。簡単さ。悪魔の血をさ。飲むんだよなぁ』



 小鬼は周りを踊り歩いていたかと思うと、そんな風に唄いながら消えていった。少年はその日から、悪魔を探して歩くようになった。





 村の外れから大分歩いたところには、決して入ってはいけないと村人の間で伝わっている大きな森があった。その森の入り口は、入って下さいと言わんばかりに大きな木の根が二股になり、その根の下が丁度人が入れるようなアーチになっていた。少年にはその入り口に入る勇気は無かったけれど、いつもどこからかやってくる悪魔と呼ばれる者たちは、きっとここから現れるのだと考えた。だからずっと、この周辺を探していたのだが、ある日、ついに少年は小さな使い魔を捕まえることに成功した。



 殺さない低度に血を抜くつもりだったのだが、飲めるような量を確保する頃には、使い魔は動かなくなっていた。少年は使い魔の墓を掘り、その中に使い魔を埋めてしまってから、悪魔の黒々とした血を見た。とても飲みたいと思うようなものではない。けれどこれを飲めば、もしかしたら自分の病は治るかもしれない。もし治らなくても、やってみる価値はあるのでは。そう考えた少年は、コップに入ったその血を一気に喉の奥へ流し込んだ。





 少年は身体の焼けるような痛みにのたうち、このまま死んでしまうのだと思った。ふと前を見れば、悪魔の血の話をしていた小鬼が、もう一人の小鬼とケラケラと笑っている。悪戯好きの小鬼の玩具にされて、死んで行くのか。少年はそう思いながら、意識を飛ばしてしまった。







 少年が目を覚ました時、辺りは真っ暗で、静まりかえっていた。自分は死んだのだろうと闇に手をかざしてみると、自分のものではない手が見えるだけだった。誰かいるのだろうかと見渡すが、自分以外の誰もいるような気配はない。



『ケラケラケラ。珍しい事もあるもんだなぁ』



 聞き覚えのある声の方を向くと、淡く光りを発した小鬼がこちらを見て笑っていた。暗さに目が慣れ、まわりの景色が見えるようになると、そこは地獄でもなんでもない、少年が悪魔の血を飲んだ場所だった。生きている事に驚くと共に、少年はさっきまで他人のものだと思い込んでいた手が自分のものであることに気がついた。慌てて足や身体を見て、近くの水たまりで顔も確認すると、血を飲む前まで確かにあった斑点が消え、身体も軽くなったようだった。



 小さな村の少年の噂は瞬く間に広がり、『どんな病も治す薬』と、悪魔の血を得るための悪魔狩りが始まった。悪魔の血は高値で売買され、悪魔ハンターは利益を貪ることになる。しかし、そんな悪魔狩りブームは半年も待たずに消え去った。絶大な効果――時には瀕死の者をも回復させる力――を示す一方、その血を飲んだ大半の人間は、狂い死にをしたからだ。







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