いつものように、デリアは洗濯物を取り込み、家の中に入った。家の中では、いつものようにサラがバッグに水筒を用意している所だった。



「大丈夫? 最近、調子が良くないのに」



 デリアは母の身体を気遣って、彼女の顔を覗き込む。今日は、幾分調子が良さそうだと安心する。サラはふふ、と笑った。



「大丈夫。今日は、どうしても行きたいのよ。何か、胸が騒いで。夕方には帰るわ」



 デリアは微笑むと、サラを見送った。



 サラは長い螺旋らせん階段を、休憩を挟みながらなんとか登り切った。石造りの室内は、何百年も変わらない。少し涼しい風が、サラの髪を揺らす。サラは、祈りのうたを歌った。娘が、いつも歌っていたうただ。六年前、孫がいなくなってしまってから、サラはこのうたを歌うようになった。何かに縋ろうとしたとき、人は、祈るしかないのだ。



 ―――……ユキノ……



 悪魔の血に頼ってまで、キアラが生んだ子供だった。大事にしていた娘が、命をかけて守った子供だ。それを、自分たちはどうしてちゃんと愛す事ができなかったのだろうかと、サラは後悔するばかりだった。キアラが行きていれば、愛情いっぱいに育てられていたはずだ。キアラの話は、いつの間にか家の中でタブーになっていた。サラ自らが、タブーにしていた。



 ―――母親の話を、あの娘はどんなに聞きたかっただろう…。



 家族の顔色を伺いながら暮らすなど、子供にとってどれほど辛かっただろう。サラは、祈りのうたが終わるとぎゅ、と目を瞑った。後悔は、してもしても先が見えない。何かで償いができるなら、何でもするだろうと思う。





 どれくらいの時間か、サラは動かなかった。そして、大きな鳥が羽ばたく様な、バサリという羽の音を聞いた。ゆっくりと目を開けると、目の前に手紙のようなものがあった。不思議に思い、裏を見る。



「―――っ!」



 サラは立ち上がり、窓に走りよった。探したものは見つからなかったけれど、確かにそこに、居たのだと思った。



 サラは手紙を開いた。懐かしい文字が胸を打つ。そこに、確かな息吹いぶきを感じた。サラは手紙を見た瞬間に、立っては居られなくなった。手紙を掻き抱いて、その場にくずおれる。涙が冷たい石の床に落ちたが、そんな事は構わなかった。



「―――ありがとう…」



 神様、仏様、精霊様、天使様、―――悪魔様。



「……今度、二人でいらっしゃい」








 大きな青空を飛びながらにやりと笑ったカレルに、何があったのかを聞いても、彼は答えてくれなかった。けれどきっと彼の事だから、いつか教えてくれるだろう。ユキノは彼に微笑みかけた。すると、彼も口角を上げる。二年前までと、何も変わらない意地の悪い笑顔。けれど二人の想いは今は一つだ。



 多くの事がありすぎて、手紙には詰め込めなかった。だからたった一言だけ、どうしても伝えたかった事を書いた。







『おばあちゃん、私今、幸せだよ』







 祖母はあの手紙を見て、どう思うのだろうか。喜んでくれていたらいいと思う。少し不安顔になったユキノに、カレルは鼻でふっと笑った。



「今度また、連れてきてやるよ」



 小馬鹿にしたような顔でも、彼の優しさがわかる。彼の腕の中で、 ユキノはにっこりと微笑んだ。





「うん。今度は、いろんな話をしたいな」



 上手く話せなくてもいい。小さかった自分にはできなかった事が、今ならできる気がする。少しずつ、少しずつ。






-†-†-†-








 その日、彼女は外に出た。そして空を見上げる。大きな雲一つない青空に、彼女が待ち望んだ、悪魔を見つけた。

 





BEASTBEAT - 悪魔の天使 -【完】





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