いつものように、デリアは洗濯物を取り込み、家の中に入った。家の中では、いつものようにサラがバッグに水筒を用意している所だった。 「大丈夫? 最近、調子が良くないのに」 デリアは母の身体を気遣って、彼女の顔を覗き込む。今日は、幾分調子が良さそうだと安心する。サラはふふ、と笑った。 「大丈夫。今日は、どうしても行きたいのよ。何か、胸が騒いで。夕方には帰るわ」 デリアは微笑むと、サラを見送った。 サラは長い ―――……ユキノ…… 悪魔の血に頼ってまで、キアラが生んだ子供だった。大事にしていた娘が、命をかけて守った子供だ。それを、自分たちはどうしてちゃんと愛す事ができなかったのだろうかと、サラは後悔するばかりだった。キアラが行きていれば、愛情いっぱいに育てられていたはずだ。キアラの話は、いつの間にか家の中でタブーになっていた。サラ自らが、タブーにしていた。 ―――母親の話を、あの娘はどんなに聞きたかっただろう…。 家族の顔色を伺いながら暮らすなど、子供にとってどれほど辛かっただろう。サラは、祈りのうたが終わるとぎゅ、と目を瞑った。後悔は、してもしても先が見えない。何かで償いができるなら、何でもするだろうと思う。 どれくらいの時間か、サラは動かなかった。そして、大きな鳥が羽ばたく様な、バサリという羽の音を聞いた。ゆっくりと目を開けると、目の前に手紙のようなものがあった。不思議に思い、裏を見る。 「―――っ!」 サラは立ち上がり、窓に走りよった。探したものは見つからなかったけれど、確かにそこに、居たのだと思った。 サラは手紙を開いた。懐かしい文字が胸を打つ。そこに、確かな 「―――ありがとう…」 神様、仏様、精霊様、天使様、―――悪魔様。 「……今度、二人でいらっしゃい」 大きな青空を飛びながらにやりと笑ったカレルに、何があったのかを聞いても、彼は答えてくれなかった。けれどきっと彼の事だから、いつか教えてくれるだろう。ユキノは彼に微笑みかけた。すると、彼も口角を上げる。二年前までと、何も変わらない意地の悪い笑顔。けれど二人の想いは今は一つだ。 多くの事がありすぎて、手紙には詰め込めなかった。だからたった一言だけ、どうしても伝えたかった事を書いた。 『おばあちゃん、私今、幸せだよ』 祖母はあの手紙を見て、どう思うのだろうか。喜んでくれていたらいいと思う。少し不安顔になったユキノに、カレルは鼻でふっと笑った。 「今度また、連れてきてやるよ」 小馬鹿にしたような顔でも、彼の優しさがわかる。彼の腕の中で、 ユキノはにっこりと微笑んだ。 「うん。今度は、いろんな話をしたいな」 上手く話せなくてもいい。小さかった自分にはできなかった事が、今ならできる気がする。少しずつ、少しずつ。 その日、彼女は外に出た。そして空を見上げる。大きな雲一つない青空に、彼女が待ち望んだ、悪魔を見つけた。 BEASTBEAT - 悪魔の天使 -【完】 † BACK INDEX † |