空間の歪んだ森は、悪魔の里に続く道だ。この場所を人間が訪れても、迷路のような森の中に迷うだけで、決して悪魔の里に辿り着くことはない。カレルは鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌さで、その森を抜けた。途中に生えていた木がその進路を邪魔するので、焼き払ったり抜き払ったりしたけれど、カレルはとてもご機嫌だった。こんな風に楽しいと思ったのは、たしかまだカレルが小さい頃、襲ってきた沢山の下級悪魔の、死骸の山を築いた時以来だったかもしれない。



 村にカレルがついた時、時刻はまだ真夜中だった。キアラが祈る時間まではまだ数時間ある――はずだった。



「?」



 カレルは、真夜中であるにも関わらず、聞き慣れた声が聞こえることに気がついた。ただその声は小さく、今にも消えてしまいそうな程だった。



「……あんた、何やってんの」



 塔の最上階にはいつものように、キアラがいた。キアラはストールを敷いただけの石の床に仰向けに転がり、手を胸の前で組んで祈りの歌を歌っていた。その表情は蒼白で、祈りを歌う声には悲壮感が漂っている。気づいているのかいないのか、カレルの問いにキアラは答えなかった。いつもと違うキアラの様子に、さっきまでの上機嫌はあっという間に消え去ってしまう。苛立を隠しもせず、カレルはキアラの額に軽くデコピンをした。

 いつもならば怒ってやり返しにくるキアラが、虚ろにカレルを見る。



「……カレル。私の赤ちゃん…死んじゃうんだって」

「……」

 

 キアラが元気でない今の状況は、とても面白くなかった。子供が死ぬことは、そんなに悲しいことなのか。いつか、命は尽きるのに。早いか、遅いかという違いしかないのに。



「それで?」



 キアラはカレルの言葉を聞いて、彼から視線を外した。そしてか細い声でまた祈り始める。それをしばらく聞いていたカレルはとても腹を立てていた。横になっているキアラの身体を持ち上げて立たせ、俯く彼女の顎を持って上向かせた。



「あんたさ」



 不機嫌を隠しもしない、カレルの表情はキアラが見たこともない程険しかった。少し怖れを抱きながらも、カレルの言葉を待つ。



「あんた、いったい何に祈ってんの」

「…?」

「見守るだけの神様? 偽善的で優しい天使? それとも、見返りのいる悪魔に?」



 何に祈るのかもわかってないあんたに、手を貸す奴なんているの? カレルは嘲笑と共にキアラを離した。そしていつもの窓から翼を広げて飛び立って行く。キアラは彼が飛んで行く方向を、ただ呆然と眺めていた。







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