ただ頬に触れた。キアラと名乗った少女の表情を思い出して、カレルは含み笑いをした。悪魔の里での生活があまりに単調で面白みがなかったために、今日は少し人間をからかってやろうかと出て来た。耳障りな音を聞き、その主をいたぶってやろうかと思いこの村に来た。さっき気がついたがこの村の人間は、あの女のものに良く似ている。顔つきというか、色合いというか、この村は、もしかしたら魔の森に連れて来られる前、彼女が住んでいた村なのかもしれないとカレルは思った。



「安産…ね。あんなガキがガキ産むってさ。クク」



 やはり、悪魔の里よりも面白いことがありそうだ。カレルは村の外れの大木の上に登り、ころりと寝転がった。そしてすぐに、小さな寝息を立て始めた。



-†-†-†-




 次の日も、その次の日も、キアラは塔に登り祈りの歌を歌った。しかし毎日、彼女が最後の一節を歌い終わる前に歌は終わってしまった。カレルが悪戯するからだ。



「〜〜もう! カレルっいい加減にしてっ!」

「やーだね」



 毎日毎日繰り返される小さな悪戯。それはキアラの声を一時的に奪ったり、口を塞いでしまったり、スカートめくりであったり。キアラはカレルのことを最初こそ怯えた目で見ていたが、今ではもう彼が悪魔だということすら忘れてしまう程だった。









 そんな風に半年を過ごし、キアラはもう少しで臨月を迎える。



「…カレル?」



 いつものように祈りに来たキアラは、カレルがいつものように邪魔をしに来ないことを不審に思った。けれど彼がいないのならば、久しぶりに祈りをちゃんと行うことができる。



「キアラ! あんたまたここに来て…! あの悪魔にそそのかされてっほら来なさい!」



 村の人達に見つからないよう気をつけてはいたが、キアラの姉デリアには隠し通す事はできなかった。デリアはカレルを遠目に見ただけだが、カレルの美しい顔には恐怖しか覚えていなかった。祈りをしていただけだったが、デリアはキアラがここに来る理由は悪魔と会うためだと思っていた。強引に腕を引かれ、歩いているうちに、キアラは腹部に切り裂く様な痛みを感じた。



「―――っ…っぁ…!」



 キアラの異変に気がついたデリアも、その様子を見て顔を青ざめさせた。彼女のお腹には村の期待されている子供がいるのだ。ここまで順調に育っていたというのに、こんな所で流すことにでもなれば大変だった。



「キアラっ! ちょっと…大丈夫!? 今薬師様を呼ぶからっ」




-†-†-†-




 しゅんしゅんと、湯が沸く音が聞こえた。キアラは良く知る天井を見ていた。



「……あの…子供は…」



 姉のデリアと、母、父の絶望に沈む顔を見れば、答えは容易に想像できた。それでも、少しの期待を胸に薬師に問う。



「…非情に危険な状態です。このままでは…胎児どころか、お母さんであるあなたの命も危ないかもしれない」



 その言葉は予想していたものだったけれど、胸を突く痛みは予想を大きく超えていた。突然に息が苦しくなり、涙が溢れて落ちる。



「……本当に…もう…?」

「死んでいるわけではありません。けれど…何日もつのかは…」



 薬師の帰った部屋では、キアラだけが残っていた。家族の落胆ももちろんだろうと思う。母は村長で、キアラの結婚も彼女の取り計らいだった。相性が良かったのかすぐに子供を授かり、村の誇りとキアラのことを話していた。



「……ぅ…―――っ」



 押し殺そうとした嗚咽は、小さな部屋にやけに響いた。





 次の日、キアラは外に出た。キアラは塔になんとか登ると、また祈り始めた。「あと何日もつかは―――」けれど、まだ生きてる。自分に出来ることは、こうやってただ、無事に産まれることを祈るだけなのだ。





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