「もう、諦めてなったらいいんじゃない? そしたらあの大きな城とか、何千人という美女たちも、全部カレルたんのものなのに」



 カレルはドス黒い血で染まった手をそのままに、空を仰いだ。すぐ後ろにあった建物に降り立ったのは、紫の羽を持つティントレットだ。今は男の姿をしている。



「興味ない」

「だろうね」



 くすくす笑って、ティントレットはいなくなった。物心ついた時から、ずっとああやってよく絡んで来る。ティントレットとドナテルロは本当に変わった悪魔だ。基本的に他人に無関心は悪魔の中で、彼らはなぜか、カレルに興味を持っているらしい。



「あれ? 一足遅かったか〜」



 ティントレットがいなくなったのと反対の建物の上には、深緑の羽をもつドナテルロが立っていた。カレルはそれを見てどっと疲れたような気がしたが、ふーと息を吐いて呟いた。



「あんたたち、暇だね」

「お前を見つめるのが唯一の楽しみだかんね」

「気持ち悪いんだけど?」



 ドナテルロは音がするのではないかと思わせる程歯をむき出しにして二カッと笑うと、ははは、と笑いながら消えてしまった。




-†-†-†-




 ユキノのいる部屋に戻ると、カレルは彼女の頬に触れた。苦しそうに眉を寄せるユキノの顔は火照って、カレルにはわからないが、きっと熱が高いのだ。



「…ユキノ」



 呼びかけると、ユキノはうっすらと目を開けた。顔を寄せたカレルに微笑みかける。



「……カレル…」



 額に汗をかき、呼吸は浅い。いつもカレルの前では強がるのに、今日はその余裕もないらしい。顔に疲れが滲んでいる。



「…ユキノ、辛かったら、殺してあげてもいいんだよ?」

「……うん。……カレルがそうしたいなら」



 魂を掴んで、ユキノの身体から引き離せば、それでユキノの命は尽きる。この世界で生きても、ユキノも辛いのでは、そう考えて口にした言葉に、ユキノは驚くでもなくそう返した。近づいた顔に手を添えて、ユキノからキスをする。そのままカレルに組み伏せられて、吐息が混ざるように唇を合わせた。



 唇を離すと、名残を惜しむように、唾液が糸を引いた。ユキノは目を開いてカレルを見る。そして、そのアーモンド型の瞳をまたたかせた。



「…カレル、どうしてそんな顔してるの…?」



 十六歳になって、ユキノは少し大人になった。幼さを感じさせない、綺麗な瞳。それは、あの時のキアラのものとよく似ている。そして、記憶の中のあの女の瞳にも。



「…所詮、なりきれない、ってことかな」

「え?」



 自分が自分であることを、証明するのは難しい。自分が自分であることを、自分で認められないこともある程に。



 それでも、自分でありたいと思う。



 カレルはユキノの首筋に顔を埋めて、一人ごちた。意味を読めないカレルの言葉に、ユキノは疑問の声を発する。しかし、その問いに答える声はない。



 生まれた瞬間から、自分の居場所を探している。ひとも、天使も、―――悪魔さえも。






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