「あのさー。俺、別に興味ないんだってば」



 ユキノのすすり泣きの声がする。カレルはイライラを隠さず、地面を蹴った。蹴った場所から亀裂が走り、目の前にいたゴブリン達が数匹その間に落ちていく。

 舌打ちしながら手をかざして、邪気で数体を黒こげにする。異臭が立ちこめた白い道路は、今や黒いゴブリンの山で塞がっていた。ゴブリンの中でも、邪悪で大きなホブゴブリンも多く混じっていて、雑魚とはいえここまで多いとうんざりする。小鬼のように馬鹿でもないゴブリン達は、それなりにガードもしてくるし、連携もしてくるからだ。



「やっぱこうなってた!」

「さーすが私ぃ」



 カレルはその声を聞いて、また面倒臭そうにため息をついた。



「……ほんと、物好き」



 悪魔の里の中でも、特におかしな二人だ。



「あーっもうっせっかく加勢に来たのにぃ」

「てか、むしろ発散?!」



 紫と深緑の羽は、ばさばさと音を立ててカレルを入れて三角形になるように降り立った。そして、周りにいたゴブリンを楽しそうに掃除していく。













 綺麗に片付いた死骸の山の上から、二人がカレルを見下ろしていた。



「地味な宣戦布告ねぇ」

「まじで勝てると思ってるんだろーかね」



 二人の山と違う所に、もう一つ築いた山の上、カレルはやれやれというようにため息をつく。



「…さんきゅ」

「まぁ勝負したいんだったら本人が来なきゃだよな」

「そうねぇ。意気地なしだからこういう数で押そうなんて考えになるんだわ」



 服についた体液を吹き飛ばすと、カレルはまた家に入った。外の二人は、適当に帰るだろう。部屋の真ん中に立ち、エネルギーを少し流すとユキノのいる部屋についた。彼女はふとんにくるまり、枕にうつぶせになって眠っている。



「窒息すんなよ」



 枕に突っ伏している体勢を直そうと、ユキノの身体をひょいと持ち上げた。そして仰向けにし、頭に手を添えてゆっくり降ろす。カレルの手が枕にあたると、彼はその動きを止めた。



「……ん…だれ…?」



 寝ぼけているのか、呂律ろれつがまわっていない。ユキノはうっすらと開けた目で、嬉しそうにカレルを見る。



「おかあさん…」



 一言呟いて、またゆっくりと目を閉じる。湿って冷たい枕では、また起きてしまうだろう。カレルは枕を取って、新しいものをユキノの頭の下に挟んだ。



 暗くした部屋、ベッドの隣で、カレルは壁に背をもたれて座った。



「お母さんね」



 そしてくすくすと笑う。



「あんたの選んだものって正しかったって思う? キアラ」



 結局、ユキノは生まれたものの病弱で、ろくに外にも出ず、友達もいない。キアラが悪魔の血を飲んだ事を知っている祖母と伯母はその子供であるユキノに、上手に愛を与えたとは言いがたい。カレルとの契約で、魂は既に彼のもの。更に好きでもない男と結婚させられるのが嫌だったとはいえ、その身体を悪魔に捧げた。カレルはくすくすと笑っていたが、やがて笑い終えると天井を仰いだ。



「あんたの話はしてないって」



 キアラに興味を持ったあの朝、彼女が歌っていたあの歌が、耳の中で流れているようだ。カレルは耳を塞いだが、そんな事で治まらない事はわかっている。



「煩いって…!」



 カレルが叫ぶと、ユキノが目を開けた。彼女はカレルの方を向くと、目を少し大きくした。そして、小さな手でゆっくり、彼の目元を拭う。



「……悲しいの?」



 ユキノがそういうと、カレルは黙って彼女にキスをした。ユキノが起きた瞬間に、耳元で煩かったあの祈りの歌は止んでいた。



「あんたは何が悲しいの」

「私…?」



 枕が濡れてしまう程、泣いていたのは知っている。カレルが見つめていると、ユキノは首をひねった。





「…なんにも」







 ユキノは笑っていたが、カレルには悲しそうに見えた。





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