ユキノは少し眠ってしまったらしい。いつの間にか部屋の中は暗くなっていて、部屋にいたはずのラフも帰っていた。起きられそうだったので、ユキノはベッドから這い出した。そして窓のカーテンを開ける。



「……カレル…」

「何」



 カーテンを開けると、閉められたままの窓にカレルが映っていた。幻かと呼んでみると、後ろから彼の声がする。ユキノが振り返ると、さっきまでユキノがいたベッドにカレルが座っていた。膝に肘を乗せて、頬杖をつき、まるでずっとそこにいたようにくつろいだ体勢でユキノを見ている。



「…いつから…」

「んー。ずっといたけど?」



 ずっと、とは、いつからをさすのだろうか。悪魔の感覚は、ユキノにはわからない。いたなら、もっと早く出て来てくれたら良かったのに。ユキノはそう言おうとしたが、出たのは声ではなく咳だけだった。息が苦しくなる程咽せこんで、やっと止まった時には目に涙が溜っていた。カレルはさっきの体勢のまま、ユキノを見ている。



「魂が…」

「……え…?」



 ユキノが疑問の声をあげると、カレルは微笑んでユキノの近くまでゆっくりと近づいてきた。そしてユキノを抱き上げて、ベッドに寝かせる。



「また綺麗に育ったもんだと思って」



 カレルは、ユキノの心臓の辺りを見ているだけで、ユキノを見ているわけではなさそうだった。きっとそこに、ユキノの魂があるのだ。カレルの表情は、大好物を目の前に置かれた小さな男の子と同じだった。



「……食べたい?」



 ユキノの声は相変わらず掠れて聞き取りにくかったが、カレルはそれでも聞き取ってユキノを見た。そしてこの前と同じように、手を頬に添えて近づく。



「あぁ。あんま我慢できないたちなんだよね。俺」



 魂を食べたいと言われているのに、ユキノは怖くなかった。むしろ、それが一番幸せなのだろうとすら思っていた。近づいて来る唇を、大人しく待った。カレルのキスは、嫌ではない。



「明日、結婚なんだって?」

「……ん…」



 濡れた音が部屋に響く。舌を吸われると、背中に電気が走るような気がした。カレルはユキノの寝間着のボタンを一つ一つ外して、胸が見えるか見えないかまで露出させる。火照った身体に、カレルの冷たい手が当たってユキノは身じろいだ。



「…や…カレル…」

「何」

「…冷たい…」

「我慢」



 言いたい事は、それでは無かったはずなのに、咄嗟に出た言葉はそれだけだった。カレルはユキノの唇を離し、そのまま首筋に顔を埋める。徐々に下がる舌の感触に、ユキノは身体を震わせた。



「いた…っ」



 胸の少し上だろうか。舐められていた場所に、ちくりと痛みが走った。そうかと思うと、カレルは顔をあげ、ユキノを見下ろす。



「結婚、おめでとう?」

「?」



 カレルはそのままユキノから離れて、窓の桟に飛び乗った。くすくすと、一人で楽しそうに笑っている。にやにやと目元を緩めるいつもの顔で、ユキノの方を振り向いた。



「前にも、キアラに言ったかもね」

「え?」

「悪魔からの祝福は、いらなかった?」



 その言葉を残して、夜の闇に溶けた。カレルの去った窓からは夜の涼しい空気が入って来て、熱を持ったユキノの身体を冷まそうとする。ユキノは起き上がって、窓を閉めた。そして、窓に映る自分の姿を見てまた顔を赤くさせる。



「あ…」



 開いた胸元に残っていたのは、カレルの残したあざだった。こんな所にキスマークを付けられては、明日、ラフにどう言い訳すれば良いのだろうか。ファンデーションで隠れれば良いけれど。明日の事を思うと、ユキノは遣る瀬ない気持ちになった。あのまま、カレルに奪われていれば、きっとラフはこんな娘は要らないと言っただろう。こんな、悪魔と触れ合って嬉しいと感じる娘など。ユキノはベッドに戻った。悪魔に心を奪われるなんて、なんて愚かな事なのだろうか。まだ子供の自分では、どうやったって彼の心に留まる事なんて出来ないことはわかっているのに。




-†-†-†-




 森の入り口である二股の大木の前に立ち、カレルは舌で牙を舐めた。輝くような美しい魂は、キアラのモノと瓜二つだ。ユキノの魂にキスするだけで、それを頬張ったときの快感がこみ上げて来る。カレルは自分の手の平を見た。ユキノの胸はまだ幼く、カレルの手では余ってしまう。キスをした唇も、彼女のものはとても小さい。舌をねじ込むだけでも精一杯で、唾液が溢れてしまっていた。キアラは、カレルに身体を触らせなかった。不意打ちをした頬にキス以来、一度も触らせはしなかった。キアラにあって、ユキノにないものは、警戒心だ。悪魔である、というよりも雄であるカレルに対して、ユキノは警戒心が足りていない。



「気持ち良さそ…くすくす」



 うっとりと、自分を見つめるユキノの目に、カレルは一瞬我を忘れてしまいそうになった。からかうためにしていた行為を、自分の快楽の為に変えてしまいそうだった。悪魔は非道な生き物とされているが、カレルのような高等悪魔になると、契約以外では人間を食い物にはしないのだ。だいたい、あんな子供に欲情するなんてどうかしている。カレルはくすくすと自分を笑った。そして、いつか聞いた祈りの歌を歌いながら、悪魔の棲む森へと消えていった。





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