凛が怜に泳ぎを教え、部屋に戻ってきたのは午後9時を回った頃だった。今日で二日目だ。

「…宗介」
二段ベッドの下段、つまりは凛の寝床で宗介が携帯電話を握り締めたまま横になって寝ていた。宗介は昨日も同じ場所で凛の帰りを待っていたがその時はベッドに腰掛けてテレビを見ていた。
「…ったく」
凛は宗介の手から携帯電話をそっと抜き取ってやった。そのまま枕元に置こうと思ったのだが、抜き取った際にボタンに触れてしまったのか画面が明るくなっていた。
「江…?」
開いてしまったのは通話履歴のページだったらしくそこには凛の妹の名前が数列置きに並んでいた。
凛はそれが気になってしまって思わず下にスクロールすれば凛の名前も同じように並んでいるのが分かるが他の名前が見当たらなかった。
宗介があまり電話をしないタイプであり、友達と馴れ合うようなタイプでもないから不思議ではないことだと思いながら凛は指を別のボタンへと動かした。
しかしその先は伸びてきた手に阻まれてしまった。宗介だ。
掴まれた腕はそのまま引っ張られて凛はベッドに引き摺り込まれるように乗り上げた。低い天井に頭をぶつけかけて少し心臓が跳ねた。
「起きてたのか」
「人の携帯覗くとかいい趣味してんな」
「江と何話してんだよ」
「別になんでもいいだろ」
「…」
プライベートなのだから他人に話す義理は無いのかもしれないが凛にとっては違った。妹の事も気になるが、何より宗介とは親しい仲なのだから教えてくれてもいいだろうと。

「…じゃあお前は七瀬と何話してんだよ」
「は?なんでハルが出てくんだよ」
先程まで一緒にいた怜の事ならまだしもなぜ遙の名前が出てきたのか凛には分からなかったが宗介が数十分前に江に電話したのは遙絡みの事だった。
「お前がこれを気になるように俺も気になるからに決まってんだろ」
妹を心配する気持ちと知り合いを敵対視する気持ちに違いはあれど気になることに変わりはない。
「べつに、大したことじゃねえよ」
「言えないようなことなんじゃねえの?」
目を逸らした凛を見て宗介は離しかけていた手に軽く力を入れた。
実際、本当に大した会話をしていないのかもしれないが宗介は凛が遙の事を話す時のきらきらとした目が、笑顔が嫌いだった。これからもそれが続くのは耐えられないし、また昔みたいに自分の前からいなくなってしまうのはもっと嫌だった。だから先に手を打とうと宗介は江から真琴の連絡先を聞いていたのだけれどもう既に手遅れのような凛の反応に眼光が鋭くなる。
「しつけぇな。あいつは水か鯖の話じゃねえと乗って来ねえから水泳の話しかしてねえよ」
「そうかよ」
その水泳が、遙の泳ぎが、凛を魅了しているのだからそこがどうにかならない限りずっとこのままなのだ。
ただ、これ以上は渡したくない。そこに恋だの愛だの甘い関係が加わってしまったとしたら。
「俺にしとけばいいのに」
「何が?」
「いや、なんでも。ああ、水と鯖以外の話は俺にすればって」
一瞬不思議そうな顔をした凛は緩んでいた宗介の手をすり抜けて上体を起こした。
「確かに、宗介と話してた方が楽しいかもな」
本当にそう思っているかのような笑顔だった。
兄気質な凛にとっては遙や凛になついている鮫柄の後輩のような世話の焼ける奴の方がいいんだろうと分かっているからこそ、宗介は自身のタイプの違うところに期待してしまうのだ。
「なんでも話せよ」
七瀬の事以外。



水面下から引き裂いて

2014/08/13
リアタイログ




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