早朝、朝食前にランニングをするのが日課だ。
昨日、一昨日は梅雨の影響で走る事は出来なかったから久々に思いながら外に出れば、これまた久々に見る顔があった。
「ハル?…どうしたんだよ、こんな時間に」
ベンチに腰掛けていたその姿はいつもと変わらない表情をして立ち上がった。
「凛に会いに来た」
「…会いにって…こんな朝っぱらから?つーかいつからいたんだよ」
「いいだろ別に」
「いや、色々心配すんだろ」
「色々…?」
頬を撫でる風が冷たく、すぐに肌寒く感じるのだからあんなところにずっと座っていたら風邪を引くだろう。
「なんでもねえよ。それより、俺今から走りに行くとこなんだけど」
何か話や用があるならランニングは中断して、取り敢えず上着を取りに部屋に戻るか、と考える。
「俺も行く」
「…ついて来れんのかよ?」
それならば、と挑発するように、勝負をするかのように投げ掛けた言葉と視線は真っ直ぐで強い瞳に突き返された。
そのまま数秒、視線が交じ合って、やがてどちらからともなく走りだした。


そうしていつものコースを無言で走り終え、寮の前に戻って来れば遙が口を開いた。
「今日、部活あるのか?」
「あるに決まってんだろ」
「部屋上がっててもいいか?」
「は?…いや、いいっつーか、お前も部活あんじゃねえの?」
「ない」
無いわけないだろう、と思ったが、あの水が好きなハルが部活をサボるはずはないのだから、まあ大丈夫なのだろうけれどどこか腑に落ちなかった。

そうして取り敢えずそのままコンビニに向かい食料を買い込んで寮に戻った。
ちょうど愛が起きたところだったらしく、驚かれたが嫌な顔せず了承してくれた。そのまま愛は朝ご飯食べて来ますね、と部屋を出て行き、やがてそこには沈黙がやってきた。
一体何しに来たんだ、と真っ正面から聞いたところで答えてくれないということは分かっている。かといって真琴のようにハルの表情は読めないから結局テレビをつけてコンビニで買ってきた朝食を口にして沈黙を誤魔化した。


「部活、いいのか?」
朝食を食べ終え暫くした頃、早朝からやっている情報番組が別の番組に移ったタイミングでハルが切り出した。
「何が?」
「時間」
「うちは9時からなんだよ」
「…そうか」


ベッドに二人、腰を掛けてテレビを見つめて一体どれくらいが経ったのだろうか。随分長く感じていたところに聞き慣れた電子音が鳴った。自分の携帯電話が電話の着信を告げる音。
ベッドの端、枕元に置いていたそれに手を伸ばせば画面には橘真琴と浮かんでいた。
「真琴?」
「いないって言え」
通話ボタンを押す直前、そう言われたがわけがわからなかった。耳に電話を当て、真琴の声を聞きながらハルに目を向ければハルは目を逸らした。
「もしもし、凛?そっちにハルいない?」
「ハル?」
電話の内容が分かっているかのようにハルは逸らした目線を再び此方に向けて、分かっているだろうな、と目で訴えていた。
「迎えに行ったらいなくて。部室にもプールにもまだ来てなくて」
「…こっちにはいねえけど」
「そっか…分かった。見掛けたら電話して」
「おう」
「じゃあ」

電話を切って改めてハルに向き直れば、やっぱり目は合わなかった。

「…何してんだよ」
「別に」
真琴が心配している事も分かっているだろうに、ハルがそれでも帰らないのは何故なのか。

「…話せよ」
一瞬、話さねえと追い出す、と言い掛けてやめた。きっとそうしたらハルは出ていくという事が想像出来る。それに行く宛ては他にもあったはずなのにここに居るのはきっとそういうことだ。

「……真琴が、」
真琴が。喧嘩でもしたのだろうか。
「…思い出すかもしれないから」
「は…?」
相変わらず、言葉で何かを伝える事が下手だ。人の事は言えないけれど。

「去年の今日、海合宿の最終日だった」
言われて頭に浮かぶのは4人が海で泳いでいた景色だ。その日が最終日かは知らないが。
「その時にみんなが誕生日、祝ってくれたんだ」
「誕生日?…って今日ってことか?」
知らなかった。一緒に過ごしたのは冬だったとはいえ一度くらいそんな話が上がってもおかしくはなかったのに。
「…だからきっと俺の誕生日が来る度、あいつは海の事を思い出す」
海の事。真琴の、トラウマ。でもそれは合宿で克服したんだと聞いていた。
「…それで逃げてきたのかよ?あいつが避けずに向き合った事を他人のお前が避けたって意味ねーだろ」
「でも」
「真琴が大丈夫ってんなら大丈夫だろ」
何故俺はこんな風にハルを励ましているんだろうか。よりによって真琴との事を。
「つーか真琴真琴ってなんだよ。俺に、会いに来たんじゃねえのかよ」
「…悪い」
何に対しての悪い、なのか。真琴の話してばかりで悪い、とか期待させて悪い、とか。
「…悪いと思ってんならちょっと付き合え」
「どこに?」
「どっか、街とか。誕生日なんだろ?俺が祝ってやる」
「部活は?」
「サボる。まあ、お前が部活行きたいなら俺も出るけど」
最初から帰るつもりでここにいるなら早く帰れよ、と後押しする。それでも勝負ごとのような言葉を紡いで相手を煽ってしまうのは癖なのか、それともわざとか。
「今日はいい」
「…そうかよ」
「ああ」
「…じゃあ、ほら、行くぞ」
真琴の事なんか忘れさせてやるから。



来年もその次も

2014/06/30



[TOP]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -