※成人済



『翔ちゃん次のオフいつ?』
薫からそうメールがあったのは六月に入ってからだった。
生憎今月は半日空いている日はあれど丸一日予定の空いている日は無かった。仕事があるのは有り難い事だけど不規則なスケジュールは他人と休みを合わせるのが難しい。
取り敢えず三時間以上空きのある日を薫には伝えたが薫も薫で忙しいわけでやはり予定の合う日は無かったみたいだ。
どうしてもというのなら何ヵ月も前からスケジュールを押さえておけばいいけど、と前に薫に言った事があったがそんなことは出来ないと遠慮された事を思い出す。
こういう時は一応、と薫の予定も聞いておく。天候や機材の影響で急に時間が出来たりもするからだ。
そうして送られてきた薫のスケジュールを見て自分のスケジュールと照らし合わせてこれならば、とメールを打ち返す。もういっそ電話で話した方が早いのかもしれないと思いながら。
『五日の夜、そっち泊まっていいか?』
五日の最後の仕事がちょうど薫のマンションのある場所の近くのスタジオであったのだ。その日はマネージャーも着いて来ず、終電を逃すとタクシーを拾わなければいけないし、どうせなら泊めて貰おうと。多少強引かもしれないが少なくとも連絡も無しに早乙女学園に来て寮に数日住み込んでいた奴ほどではない。懐かしい記憶だ。



仕事が終わったのは23時半を回った頃で、予定より一時間の遅れだった。
それから薫に電話を入れて、マンションに向かった。
薫と顔を合わせるのは外か俺の家ばかりで、薫の家は住所でしか知らなかった。実際に見た事も行った事もなかった為か薫はエントランスで待っていてくれて、薫に案内されるままエレベーターに乗って目的の階へ上がる。
鍵を開けて、目の前に広がった玄関に少し怯んだ。
「すげえな…」
入ってすぐ、玄関の壁にはA4サイズ程の俺のポスターが額に入れられ掛けられていて、下駄箱の上には幼い頃のツーショットの写真が飾られていて、案内されたリビングにも多種多様の俺の分身がいた。


二人掛けのソファに浅く座って周りを見渡せば一つだけ異質な額があった。切り抜きを詰め込んだそれに思わず声をあげる。
「おまっ…これ…なんでゆいの…!?」
そこにあったのは数年前の、デビュー前に女装してやっていたモデルの時の姿だ。
冷蔵庫を漁る薫の背中に声掛ければ薫は此方を覗いてなんのことかと確認した。
「ん?ああ、これ翔ちゃんだよね?」
「気付いてたのかよ…」
「初めて見た時は信じられなかったけどね。生まれた時から一緒だし、おんなじ顔してるんだから気付くよ」
仮に逆の立場だったとして俺はそれを見破れるとは思えないが、まあこれだけポスターやらが貼ってあって毎日見ていたら気付いてもおかしくはないのかもしれない。


「つーかこんだけあれだと彼女とか呼び辛くね?」
応援して貰えるのは嬉しいけれど、生活に影響ありそうでなんか申し訳ない。それに少し恥ずかしかったりする。
「いないから問題ないよ。それに翔ちゃん目当てで近づいてくる子もいるから女の子はここに上げたことないし」
喋りながらキッチンを行き来していた薫は片手に二つの缶飲料、もう片手にグラスを二つ携えてきて机に置いて向かいに座り、目を合わす。
「翔ちゃんはボクのものなのにね」
プシュッ。視線が俺の目を射抜くかのようなタイミングだった。薫の手元でアルコールの低い甘いお酒が開封された。
とぽとぽと音を立ててグラスに流れ落ちる鮮やかなオレンジに混ざって、みんな何期待してんだろうね、とこぼれた言葉は辛口で、ああ、これはきっとのど越しの悪い酒だ、と思いながらもそのグラスを持ち上げた。
「誕生日おめでとう」
「翔ちゃんも」
時刻は既に六日零時を迎えていた。



毒入りウェルカムドリンク

2014/06/09



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