ピロリン。
トイレから戻って定位置であるパソコンの前に座るまでの数秒の間にその音は鳴った。
発生源はもちろんパソコンだ。メールを受け取った事を知らせる音。
一体こんな時間に誰だよ、なんて思うこともない。そんなこと分かり切っている。相手は見ず知らずの人間が一斉送信した広告の類いだ。
「お友達からみたいですよ?」
他人の携帯電話を覗き込むみたいな仕草をしてエネは言う。一体こいつはメールのどこを見てそう思ったのだろうか。そんなにフランクな文面だったのだろうか。
「は?んなわけねえだろ」
俺に友達がいないことくらいお前も知ってんだろうが、とマウスを動かしてクリック。
差出人、不明。
えっと、本文は…
『如月伸太郎様。誕生日おめでとうございます』
「…?」
何だこいつと思った次の瞬間にはメールを受信した日付と時刻が目に入った。四月三十日。午前零時零分。
もうそんな日だったのか。おお、そうか。ついに18禁解禁なのか。いやまあ正しくは次の年度が来ないと駄目なんだがなんというか感慨深い。
どこのサイトのメルマガか知らんが零時ちょうどに祝ってくれるとは。少し気分がいいような。いやまあ冷静になれば虚しいだけな気もするが今はスルーだ。
「えっと、そんで続きは…」
どうせ自分への誕生日プレゼントに!とか言って誘導して何か売り付ける寸法なんだろうが気になってスクロールしてしまう。
「…は?」
しかしそこにあったのはそんなビジネス的なものではなかった。
『今年はちゃんとした人間になれるといいですね。ついでに童貞卒業出来るといいですね。それでは、よい一年を。』
「なんだこれ!馬鹿にしてんのか!…いやまあ言ってる事はごもっともだけどな…こんなに突き刺さる誕生日祝いは初めてだよ!」
思わず声を上げてしまった事に気付いて部屋の入口に視線を向ける。母親か妹が怒鳴りに来ないかと聴覚を研ぎ澄ます。
「喜んでいただけたみたいですね、ご主人!」
「どこが!って、あ?今なんつった?」
「喜んでいただけたみたいで嬉しいです!って」
「お前の仕業か!」
「エネはご主人の貴重で大切な唯一の相棒ですから!これくらいのことはしてあげなくちゃと思いまして!」
「だったらもっと悪意のない純度100%のメールにしろよ…」
「お友達からって言われて期待しちゃいました?」
「してねーよ」
「またまたー!まだ俺にも友達がいたのかー!って感動したんじゃないですかー?」
「してねえって」
「ホントは?」
…いい加減うるさい。しかしここでエネの機嫌を損ねると何をされるか分からないので仕方なく口を開く。
「…まあ、友達とは思わなかったが随分粋なことするサイトもあるんだな、とは思ったよ」
「ふむふむ。つまり嬉しかったと?」
「いや、まあ…最初の一文だけな」
「ではご主人、」
逸らした視線を再び画面にやればエネは何やら箱のようなものを引っ張ってきていた。
「改めて、誕生日おめでとうございます」
「お、おう…なんだよなんか気持ち悪いな…さてはお前なんか企んで…」
差し出されたそれをクリックすれば見慣れたズリネタ画像が次々に現れていった。スライドショーだ。
「おい」
「どうです?気に入りました?」
胸を張るエネをよそに流れ続けるそれはやがて見慣れない画像に変わっていた。
「気に入るわけねえだろ!なんだこれ!」
画面に映るのはがっしりした男の画像ばかりである。
「正直どうかと思いましたけどご主人のためにエネ超頑張ったんですよ!」
「俺にこんな趣味はねえよ!努力の方向間違い過ぎだろ!」
「いやあ、ご主人守備範囲バリ広じゃないですかーだから歳を重ねた記念にまた一つ新たな扉を開いてもらおうかと」
「開きたくねえよ!そんなもん全力で閉じて鍵掛けるわ!」
思わず放ってしまっていたマウスを拾ってキーボードの隣に置く。くるくるとカーソルを動かして流れ続けるそれを閉じる。
「鍵掛けるんですか?ほうほうそんなに良かったんですね」
「そういうこと言ってんじゃねえ!」
プレゼントという気持ちだけ貰ってゴミ箱行きにしようと思っていたファイルはエネによって勝手に鍵を掛けられてしまった。
「因みにあと2種類あるんですけど…どうします?」
いらないに決まってる。だがしかし断ったり消したりしたところでいつの間にか復活していてお気に入りの画像の中に紛れていたりするに違いない。となれば答えは一つ。見ないことだ。
「もう勝手にしろよ…」
「じゃあ流しますね」
画面から目を背けてしまえばとりあえず今は問題ない。次にフォルダを開いた時が問題だ。どう考えても回避不可能な気がする。
「ん?」
あれこれ考えていたところに割り込むように音がした。まさか。
画面に目を向ければやはり、静止画ではなく動画だった。しかも今度はしょっぱなから男である。
「エネさん」
「何ですかご主人」
「なんでもしますから今すぐ止めて出来れば処分してください」
「なんでもですか?」
「いや、まあ…出来る範囲で、だけどな…」
「そうですねえ…じゃあコンビニとかスーパーにしかないその店のフリーペーパー集めてきてください!」
「…それはちょっと難しいな」
「じゃあ自動販売機で飲み物買ってポイント貯めてきてください」
「なんで外に出るミッションばっかりなんだよとんだクソゲーだな」
「出来ないならこれはそのままですよ?」
「……」
それは勘弁してほしい。しかしその条件は飲めない。つまり他にもっとエネが喜びそうなものを提案しなければいけない。
エネが喜ぶことイコール俺に害が及ぶもの以外でだ。
…正直何も浮かばない。単純なもの以外。
「あー…わかった。お前の誕生日、なんか買ってやるから」
日を延ばし、且つ物で釣るというありきたりな案だ。
「そういうのはサプライズでやるものですよ?まったく…これだから童貞は…」
「お前がここにいたらサプライズとか出来ねえんだよ…別に俺だってそういう遊び心くらい持ってるしな…」
「ギャルゲーとエロゲーで培った不純なスキルですよね、それ。まあでも確かに私がいたらサプライズなんて準備段階でバレますね……わかりました。誕生日に期待することにします!」
「おう…それはよかった」
ひとまずこのどこから拾ってきたのか分からない動画は画面から消えたようだ。それはいいのだが俺には一つ、エネに聞かなければならないことが残っていた。
「ていうかお前誕生日いつなんだ?」
「ご主人まさか知らずにそんなこと言ってたんですか?」
聞いたことあって俺が忘れてるだけなら怒られてもしょうがないかもしれないが、誕生日を聞いた覚えはない。
「まあ…」
「…じゃあ前日になったら教えます」
「なんだそれ」
「私誕生日が二つあるんです」
「二つ?どういう意味だよ」
「別に二回祝ってもらおうとか思ってるわけじゃないので安心して毎日怯えててください」
「お前どんな要望するつもりなんだ…」
「楽しみにしててくださいね!」
「…ああ」
全力の笑顔に思わず返事をしてしまったがそれはプレゼントをあげる側が言う言葉である。
そしてその笑顔が違和感を張り付けていることに気付いたからそれ以上は触れないことにした。
18歳になった少年
2014/04/30
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