『いつもハニー達に案内して貰ってばっかだからよ、たまにはエスコートしたいんだわ。だからディープスポットとか教えてくんね?』
そう正臣の元に電話があったのは数十分前だった。相手は六条千景だ。
正臣は千景が普段から複数の女を引きつれて歩いている事を知っているし、彼女達と解散すれば正臣の元に来ることも分かっているからその話はすぐに受け入れた。
そうして二人は池袋の街を練り歩いていた。
千景の理想は大人数でも迷惑にならない場所だ。正臣はそれを考慮していくつか案内していた。


「なんだ?今日はツレ一人か?」
前から来た男は流れるように過ぎてゆく景色を止めた。正臣には面識のない男だ。千景よりは年上に見える。
「まあな」
男の目が千景から正臣に移動した。こういう時は大体人を値踏みするように上から下まで舐め回すように見られることを正臣は知っていた。
しかし男はパッと正臣を視界に捕えただけだった。
「お嬢ちゃんも大変だなー」
頭をポンポンと軽く叩きあやすようにして男は笑って、やがて千景に目線を変えた。
「はは…」
それについていけず正臣は乾いた笑いしか溢せなかった。
「じゃあまたよろしくな」
「ああ」
いつの間にか男は歩き出し視界からいなくなった。それと同時に千景も同じように歩き出した。一歩遅れて正臣も続く。
「お嬢ちゃんだってさ」
今の人誰ですか、と正臣が口を開く前に千景が口を開いた。
「…俺そんな風に見えます?」
「見えたんだろ」
確かに正臣は男としては少し華奢かもしれないが身長は女としては少々珍しい部類に入ってしまうくらいである。
「なんか屈辱だ…」
正臣は体格差を埋める為に戦う術を身に付けはしたがやはり見た目が印象を左右させることは多々あった。だがこのパターンは初めてだった。
「てことは、だ。街中で手繋いでてもキスしてても普通のカップルにしか見えないわけだ」
「いや何言ってんだ…」
相変わらず発想がぶっ飛んでいる。正臣は呆れながらもこの人が有言実行の男だと知っているからその言葉の先に少しだけ嫌な予感を覚えた。
「まあまあ、安心しろ。俺は街中でそんなことはしない男だ」
自らフラグを折った千景はそう豪語するが、この男が手を出さないわけがないと正臣は記憶を引っ張り出す。
しかし千景が道端でそうしている姿はなく、浮かぶのは数人の女を連れて歩いている姿だ。
「アンタの場合手の数の三倍くらい相手がいて手が足りないんだろ」
「ああ、確かに。なるほどな」
「いや納得すんなよ」
喋りながら正臣は道を案内すべく一歩先に出て路地へと角を曲がる。
景色が変わったと思った瞬間、後ろから唐突に腕が引っ張られた。
なんすか、と声を漏らした時には正臣は千景に抱き締められていた。
「…そういうの街中じゃしないって言ったじゃないですか」
「抱き締めるのはそういうのに入れてなかったろ?」
「細かいな…」
なんだってこんな唐突に、と思いながら視界の端に意識を集中して人がいないか確認すればその隙に唇が塞がれた。
「これはアウトだろ…」
「いやいや。唇の数と相手の数、比例してるからセーフだろ?」
唇の端を釣り上げる千景がまるでいつかの苦い記憶にある情報屋のようで正臣は顔を顰めた。
「ホント最低だなアンタ」
「俺が最低ならお前も最低ってことになるけどな」
「一緒にすんな」
正臣は自分が善人だとは思っていないし最低なことも分かっていたが千景とは系統が違うと思っていた。
「まあ最低だろうがなんだろうが俺は節度ある人間だからこれ以上はしねえよ」
パッと離れた千景がそのまま手を差し出してきたのを見て正臣は今の発言はそういうことかとその手を叩いた。
「それ以下もしないでください」



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2014/04/09



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