普段ならば、躊躇う事無く遙の家に出向く真琴であったが年末に遙の親が帰省した事で気軽に訪れるような事はしなかった。
せっかくの家族団欒を邪魔するわけにはいかないからだ。
そうなると真琴が遙にコンタクトを取れるのは携帯電話のみなのだがそれは相変わらず繋がる事はない。
そうして年を越し迎えた新年。
きっと今日なら会えるだろうと真琴は朝から窓の外を眺めていた。
途中、遊びに誘おうと部屋に来た妹弟には申し訳無かったがしかし会いたかった。邪魔をせずに、偶然を装って。



どれくらいこうしていただろうか。視覚はずっと同じ景色を捕えていたが聴覚は音楽で満たされていたからあまり長くは感じ無かった。しかしその長さを知らせるように尿意を感じた。
トイレに行っている間に見過ごしてしまうなんて事は嫌だなあと思いながらもう少しだけ耐えようとその場に居座った。

それから十分程経っただろうか。漸く景色に変化が起きた。
「きた!」
七瀬家から出てきたその姿は間違いなく遙であった。家族と一緒ではなく一人で石段を上っていったのを見て慌てて外出準備をした。
さすがに限界だったからトイレには行きバタバタと慌しくその姿を追った。


鳥居をくぐって神社内を見渡せばちょうど賽銭を投げ入れたところであろう遙の背中が見えた。
真琴は自分も同じように参拝しようと其方へ向かった。本来ならば手水舎で手口を洗わなければならないが今更引き返すわけにもいかず省略した。
遙は既に最後の一礼をしているところだったから真琴はそれが終わるのを待って声を掛けた。
「ハル」
「真琴…」
「俺もお詣りするからちょっと待ってて」
そう言って真琴は賽銭を用意しようとポケットに手を入れるが何も掴むものがなかった。忘れたというより持っていくという事を考えていなかった。
罰当たりかもしれないけれど、と真琴が賽銭を入れずに礼をしようとすればそれを遮るように遙の手が伸びてきた。
「使え」
握られていたのは十円玉でどうやら賽銭に使えということだった。
「ありがと」
投げ入れた十円玉は賽銭箱の上で一度跳ねて吸い込まれていった。
二礼二拍手、それから手を合わせて心の中で住所と名前を呟いて、祈願。
どんな形であれ、今年も遙の隣にいれますように、と。
そして一礼。

参拝を終え数メートル離れた場所で待つ遙のもとへと真琴は砂利を踏む。
「ハル一人?おばさんは?」
「家にいる」
「そっか」
真琴は分かっていることを知らないふりをして聞いて、何か忘れている、と気付く。
「あけましておめでとう、ハル」
「おめでとう」
「なんか変な感じだね」
二日ぶりなだけでこうも喋りにくいわけない、と冷静に考えてみればそれは多分数時間ずっと遙が外に出てくる事を待っていたという事が原因なのだろうと真琴は結論を出す。
「おみくじは?引いた?」
「別に引かなくてもいいだろ」
「せっかくだから引こうよ」
「金あるのか?」
「俺は引かないから」
真琴のその言葉に遙は眉をひそめてポケットから小銭入れを出し百円玉を真琴に渡した。
「…財布も持たずに何しに来たんだ」
「ハルに会いに来た」
差し出されていた遙の手を真琴は一瞬包むように握って百円玉を受け取った。
「参拝する気が無かったなら家で待ってればよかっただろ」
「参拝する気はちゃんとあったんだけどそれよりハルに会いたくて」
そう言って真琴はいつものように眉を下げて微笑むから遙は目を逸らしてその場を動いた。
「電話すればいいだろ」
遙の後ろを歩いていた真琴の耳には凄く小さくその声は聞こえた。
「え?」
「出れるようにしとくから」
その呟きと一緒に遙は無人のおみくじ箱に百円玉を入れた。
「そっか。じゃあ夜電話するね」
同じように真琴も百円玉を手放した。
真琴は百円玉と引き替えに手元にやってくるおみくじが例え大凶であろうと構わないと思った。



ワンコイン祈願

2014/01/01
年賀メール




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