『今からそっち行くから』
その一言を一方的に電話で告げられてから数時間後、虎徹さんは本当に家まで来た。

「よおバニー!元気だったか?ちゃんとメシ食ってるか?」
「なんなんですか貴方は」
「何ってお前、俺のこと忘れちゃったのか?」
「忘れるわけないでしょう」
「おお…そうか」
「僕が言いたいのは何故来たのかということですよ」
「誕生日祝いに来たに決まってんだろ」
「…ああ」
「何その間。え、まさか忘れてた?」
「忘れていたというか、別に特別な日という感覚が無かったので」
「それ忘れてたんだろ」
「誰かに祝って貰えなくてもいいと思ってましたから」
「驚いた?」
「そうですね。不覚にも」
「不覚ってなんだよ」
「ところで虎徹さん」
「ん?」
「虎徹さんは僕の誕生日を祝いに来たんですよね?」
「おう」
「お腹空きませんか?」
「ん?ああ、そういやもう昼か」
「チャーハン作ってください」
「はあ?」
「祝いに来たんでしょう?」
「わがままだな」
「またいつ会えるか分かりませんから」
「…わーったよ」



冷蔵庫を開き、具になりそうな材料を一通り取り出しリズミカルに包丁を動かす虎徹さんを後ろから眺める。

「虎徹さん、太りました?」
「え、マジで?分かる?」
「ええ、このあたりとか」
背中から腹に手を這わす。
「ちょ、触んなって」
「いいじゃないですか」
「良くねーよ」
「どうして?」
「チャーハン作ってやんねーぞ」
「それは嫌です」
「じゃあ離れろ」
「それも嫌です」
虎徹さんの腹に回した手に少し力を込めて抱き付く。
「なんなのお前…」
「誕生日ですから」
「誕生日だからってなんでもかんでもワガママ通ると思うなよ!」
「でも、嫌じゃないんでしょう?」
「…動き辛えんだよ。怪我したらどうすんだ」
「それは困りますね」
「分かったら離れてくれ」
「仕方ないですね…」
ゆっくりと虎徹さんから離れて邪魔にならない場所に移動した。


「あ、そうだ。暇だったらそれ先に食っていいぞ」
虎徹さんが指したのはここに来る時に持ってきたであろう紙袋だった。
「なんですかこれ」
「開けてみりゃ分かるさ」
「開けていいんですか?」

紙袋の中には白い箱が入っていて丁寧にそれを開ければ籠もっていた甘い香りが鼻をくすぐった。毎年この日に嗅いでいた懐かしい匂いだ。
「パウンドケーキ…」
「楓と一緒に作ったんだ」
「虎徹さんが?娘さんが1人で作ったの間違いじゃないですか?」
「どういう意味だ」
「貴方がこんなに上手く作れるわけないでしょう」
「なんだと!?」
「それくらい見た目は上出来ってことですよ」
「褒められてる気がしねーよ」
「食べていいですか」
「おう!味も多分大丈夫だぞ!」

等間隔で切られているそれを一つ摘んで一口噛る。
「…美味しい」
「だろ?」
「やっぱり娘さんが作ったんじゃないんですか?」
「疑い過ぎだろ…」
「これ食べて待ってますから早くお願いします」
「はいはい分かりましたバーナビー様」


虎徹さんがキッチンでチャーハンを作ってくれている間に、さっきどさくさ紛れに軽い気持ちでポケットから抜き取った虎徹さんのケータイを開く。
アドレス帳から娘さんの名前を探し、電話を掛ける。運が良ければ休み時間で繋がるはずだ。


『もしもしお父さん?』
「バーナビーです」
『バーナビー!?』
「ケーキのお礼をしたいと思って。今大丈夫ですか?」
『あ、えと…休み時間だから大丈夫!』
「ケーキとっても美味しかったです」
『ホント?』
「ええ」
『良かった…!お父さんったら分量適当で作ろうしてたから私が一緒に作ったの』
「虎徹さんらしいですね」
騒々しい周りの声に混ざってチャイムが聞こえた。
『あ、』
「チャイム鳴ってますね。貴重な休み時間にすいませんでした。ケーキ、本当にありがとうございます」
『こちらこそ』
「では、授業頑張って」
『はい!』



「バニーちゃん出来たぞー…って、あれ?俺のケータイ…」
「お借りしました」
「いつの間に!?…変なことしてねーだろうな?」
「どうでしょう?」
「お前な…」

「ケーキ、ありがとうございます」
「お?おお…なんだよさっきまで散々文句言ってたのに」
「文句は言ってませんよ」
「俺が作ったと思ってなかったじゃねーか」
「冗談ですよ。虎徹さんはからかい甲斐があるので」
「性格悪い」
「知ってます」
「なお悪いな」
「チャーハン、冷めますよ」
「ったく…」
「虎徹さん、」
「今度はなんだよ」
「trick or treat」
「は?」
「世間的には今日はハロウィンですよ」
「そうだな」
「お菓子、ないんですか?」
「今あげただろケーキ」
「これは誕生日プレゼントでしょう」
「バニーちゃん欲張り」
「お菓子は?」
「ねーよ」
「良かった」
「はあ?」
「虎徹さんを貰う口実がやっと出来ました」
「なんだそれ」
「一生とは言いません。せめて今日1日は虎徹さんの1番を僕にください」
「なんか流れおかしくね?トリックオアトリート関係ねーし」
「貴方こそ雰囲気ぶち壊す発言は慎んでください」
「俺なんて答えたらいいわけ」
「頷く意外に選択肢はありません」
「拒否は?」
「させません」
「バニーちゃんやっぱり性格悪い…」
「で、どうなんです?」
「…具体的に、一番ってなんだよ」
「貴方の中の一番は彼女達でしょう?」
虎徹さんの薬指に光るそれを見やる。
「今日はそれを忘れて貰えませんか?」
「…お前が何考えてんのかおじさんよく分かんない…」
「YESと一言言えばいいんですよ」
「……善処する」
「ありがとうございます」
「俺に営業スマイルは通用しねーぞ」
「それは残念です」
浮かべた笑みは作り物では無かったはずなのにそう言われてしまえばそうなのかもしれない。

「虎徹さん」
「何」
「trick or treat」
「さっき無いって言っただろ」
「じゃあ悪戯されてください」
「はあ?」
「虎徹さんが僕のことを一番に見られるような悪戯をしてあげます」
「意味分かんねえ」
「こういうことですよ」
パウンドケーキを口にしようとしていた虎徹さんを制止して代わりに口付けを贈る。
「っ…!?」
「あと半日、付き合ってくださいね?」



Quatre-Quarts
(今日という1日)

2012/10/31



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