「今日は何に悩んでるの?」
気付いたら目の前には花ちゃんがいて眉間をぐっと押されていた。こうして悩んでいる事を見抜かれるのはよくあることで、指摘されるたび相談している。頼りになる友達だ。
「男の子にあげるプレゼントって難しいなって…」
「江彼氏出来たの!?」
声が大きい事に苦笑しながら、違うって、といつもより少しだけ声のボリュームを上げて言った。変な噂を立てるわけにはいかない。
「じゃあ誰?」
「真琴先輩」
「何、誕生日とか?」
「うん」
「いつ?」
「来週」
「へえ…他の部員の誕生日は何あげたの?」
「遙先輩の時は合宿だったからみんなで砂浜にケーキ作って、渚くんは女の子がよく行くような美味しいケーキ屋さんのチョコケーキ食べたいって言ってたからケーキ買ったけど真琴先輩は何かこれが好きっていう主張を聞いたことなくて」
「直接聞けばいいんじゃない?」
「サプライズパーティーやるみたいだから直接聞くのはちょっと…」
「うーん…」
花ちゃんは真剣に悩んでくれるけれど、どうにもいい案が出ない時は大抵ふざけた案を出すからちょっと身構えてしまう。
「江のセクシー写真集とか?」
「花ちゃん」
ここで過剰な反応を示せば余計からかわれるだけなので呆れたように冷たい反応を返せば、冗談だってばと肩を叩かれる。
「江さ、水泳部の写真、撮ってるんだよね?」
「うん」
「それでいいんじゃない?」
「写真?」
「手作りのアルバム。最近そういうのよくあるでしょ?」
「アルバム…それなら私でも作れそうだしいいかも!」
別に好きな物じゃなくてもこれならきっと喜んでくれるはずだ。水泳部の思い出。
「ありがと花ちゃん!」





金曜日。
今日は珍しく学校が早く終わった。それなら、と土台となるアルバムと飾り付け用のマスキングテープなどを買いにあちこち回っていれば時間はあっという間で、すっかり夜だった。
こういうものに懲りたいと思うのは女子だからか、相手が先輩だからかは分からないけれど真琴先輩が好きそうな柄に頭を悩ますのは案外楽しかった。
「電話繋がるかな…」
アルバムを作ろうと決めてから、色々と考えていた。どうせなら真琴先輩を驚かせたいと。その仕掛けを手伝って貰えないかとある人物に電話を掛ける。
「遙先輩、やっぱり出ない…」
留守電に繋がる前に電話を切った。やっぱり直接行くしかないらしい。





この時間にきちんとチャイムを押してくる訪問者は珍しかった。少し不審に思いながら戸を開ければ江がいた。
「電話繋がらなかったので直接お話しをしに来ました」
「悪い」
「いえ、それはまあいいんですけど、あの今ちょっと時間大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
玄関に置かれた時計を見やる。ああ、そういえば。そういえば、なんてわざとらしいけど、多分もうすぐ。
「あの、やっぱり時間無いんじゃ?」
「…あと5分もしたら多分真琴が来る」
「それはマズいですね」
何がマズいのだろうか。真琴には聞かれたくない話、とかなのだろうか。
「遙先輩はもう決めましたか?真琴先輩のプレゼント」
そういうことか、と納得して考える。プレゼント。毎年頭を悩まされる事だった。ただ今年は渚が誕生会をやろうと言い出した事により料理がプレゼントという事になりそうだと思っていた。
「良かったら真琴先輩の似顔絵を描いて欲しいんですけど」
「似顔絵?」
「はい。手作りアルバムをプレゼントしようと思ったんですけど写真とメッセージだけだと普通のアルバムになってしまうので何かないかと考えていたんです。遙先輩絵上手ですしきっと真琴先輩喜んでくれると思うんです!」
渚や怜には考えつかないようなプレゼントだと思った。力説する江の、真琴を喜ばせたいという思いは熱く、そのアイデアに自分が関われる事が嬉しかった。
「分かった」
「ホントですか?」
「ああ」
「じゃあ当日までにこれくらいの大きさでお願いします」
江が袋から取り出したアルバムのサイズを確認してメモをする。何のメモなのか他人が見ても分からないように本当にサイズだけをメモした。
「江?」
メモから江に目を移せば江は廊下の方を見てぼーっとしていた。
「あ、書き終わりましたか?」
「ああ」
「じゃあ、似顔絵お願いしますね!」
「わざわざ来て貰ってすまない」
「いえ。それじゃあ、また明日」
アルバムを袋にしまい、玄関から出ていくのを見送る。送って行かなくても大丈夫だろうか、と少し心配しながら時計に目を向けた。





「江ちゃん?」
遙先輩の家を出て階段を数段降りたところだった。真琴先輩がいた。
「どうしたの?こんな時間に」
「あ、えっと、遙先輩に忘れ物を届けに来たんです」
咄嗟の嘘とはいえもっと他に無かったのかと少し後悔した。
「そうなんだ。じゃあ駅まで送るよ」
「いいですよ。真琴先輩は遙先輩の家に行くところだったんでしょう?」
遙先輩は、5分もしたら真琴先輩が来ると言っていたからきっとちゃんとした約束をしていたんだと思った。
「それは別に今すぐ行く用事でもないから」
「遙先輩待ってますよ」
「でも…」
「大丈夫ですよ。ここそんなに物騒じゃないですし」
「そうだけど…」
「真琴先輩は心配性ですけど、相手を信じる事も必要ですよ?」
嘘をついている自分が言うのもおかしいけれど。
「…じゃあ江ちゃんが見えなくなるまでここで見てる。それならいいでしょ?」
「分かりました。じゃあ今日はこれで失礼します」
「うん。気をつけてね」
軽く頭を下げればひらひらと手を振られた。
階段を全て降りてから振り向けば真琴先輩は本当にずっと見ていたから思わず笑ってしまった。
「本当に、心配し過ぎですよ」





江が帰った後、数分も経たないうちに真琴が来た。
別に約束をしていたわけじゃない。ただ毎週決まってこの時間に真琴は家に来る。気が付いたらそうなっていた。嫌なわけではないからいいのだけれど。そしてすることは決まって一つだった。

「ハル何忘れたの?」
「何がだ?」
「江ちゃん、忘れ物届けに来たって」
「…別に、大したものじゃない」
あまり面白くないテレビに目を向けたままそう言った。見抜かれただろうか。
「大したものじゃないものをこんな時間に女の子に持って来させるなんてハルは酷いね」
「持って来させたわけじゃない」
「そうじゃなくても駅まで送ってあげなきゃダメだろ?」
そういうことを考えなかったわけじゃないけれど、しなかったのは同じだ。何も言い訳するつもりはない。
「真琴が送って行ったのか?」
「そうしようと思ったんだけどハルが待ってるから早く行ってって言われちゃって」
「別に待ってない」
困ったように笑う真琴から目を逸らせばそれは真琴の思うつぼだった。あっという間に距離を詰められ顎を掬われ唇を奪われる。触れ合って、軽く啄むようにして離れていく。
「江ちゃんホントは何しに来たの?」
「だから忘れ物届けに来たって言っただろう」
「忘れ物って何?」
「…筆箱」
「明日でもいいのにわざわざ?」
ああ、もうこれは誤魔化せないな、と思った。でもここで本当のことを言ってしまうほど正直者でもない。真琴の心情は多分嫉妬だ。だからそこを突けばいい。
「お前は一体何を疑ってるんだ?」
真っ直ぐ真琴の目を捕えてそう言えば真琴はまた距離を詰めて今度は頬に手を添えた。
「隠し事がないかってことだよ」
そうして近付く顔に、絡まる舌と唾液から全てが伝わってしまわぬようにとただそれだけを考えて目を閉じた。





誕生会は遙先輩の家でやる事になっていて、料理は遙先輩、部屋の飾り付けは私、渚くん、怜くんの担当だった。お兄ちゃんには準備が出来るまで真琴先輩がこの家に近付かないよう見ていて貰っていた。
その甲斐あってサプライズは無事成功したし、アルバムにも驚いてくれたから個人的にも満足だったんだけれどずっと気になっていた事はやはり明かされる事がなかった。
聞かない方がいいかもしれないと思ったけれど、いざこうして二人きりの状況が訪れてしまったからには聞いておきたかった。
「真琴先輩、気付いてましたよね?」
「何のこと?」
分かってるくせにと思いながら、似顔絵のことですと告げれば、ああ、とわざとらしいような、どこか冷たいような微妙なニュアンスの言葉が返ってきた。
遙先輩に似顔絵を描いてくださいと言いに言ったあの日、裏口の方から音がしたのはやっぱり気のせいじゃなく、真琴先輩だったのだ。
「そういうのは気付いてても言わないのが礼儀だと思うよ」
「気付いていたのにあんなリアクションが出来るなんて真琴先輩演技の道とか目指したらいいんじゃないですか?」
「別にあれは演技じゃないよ」
少し皮肉を込めて言ってみれば真琴先輩は真っ直ぐに否定する。
「違うんですか?」
「似顔絵を描いてくれるのは知ってたけどどんな絵かは知らなかったから」
アルバムを手にして似顔絵のページを眺める真琴先輩の目は優しかった。
「…本当に嬉しかったんですね」
「うん」
嬉しかった、と眉を下げて笑うからやっぱりこの人はなんだか憎めないなって思って、同時に自分が凄く醜い気がした。




アルバムに収まらない秘密
(それはまだほんの一部)

2013/11/17



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