ヒヨリとコノハが歩く数歩後ろからその部屋に入ればそこは天国だった。冷房の効いた快適な部屋に先程までの嫉妬心諸々を抑えて涼しいと呟いた。
お茶淹れてくるねと部屋から出ていったコノハにヒヨリがありがとうございますと声を上げながら部屋の隅にあった扇風機の前に座った。
扇風機の前はヒヨリが占領してしまったため僕はその斜め後ろに陣取った。あのヒヨリに扇風機を首振りするなどという思いやりはないからだ。
斜め後ろというのはヒヨリの身体に当たり流れてくる唯一風の来る位置なわけで。ヒヨリに触れた空気が僕のもとへ流れてくる事は至極当然の事だ。ちょっと汗の匂いがするけど全然嫌じゃない。いい匂いだ。
上品にハンカチで額の汗を拭くヒヨリを斜め後ろから見守りながら僕も自分の汗を拭くべくハンドタオルを取り出した。
汗に塗れた頭をタオルでガシガシと拭っていればお茶を淹れに行っていたコノハが戻ってきて机の上にそれを置いて一言。
「アイスあるんだけど、食べる?」
「食べます!」
ヒヨリが勢い良く返事したのを見ていたらヒビヤは?と声が掛かったので食べますと一言呟けばコノハはどこかに行こうとしているのかじゃあちょっと来てくれる?と言って廊下に出た。
それをニコニコしながら追うヒヨリを見ながら僕は重たい腰を上げた。


「たくさんあるから好きなの選んで」
辿り着いたのは台所。冷凍庫の前だった。狭い台所に一列に並ぶように立つ。どうぞ、と冷凍庫を開きヒヨリにその場を明け渡したコノハは僕の後ろに回った。
ヒヨリはがさごそと中を物色したのち、何か思いついたかのように振り返った。笑顔が眩しい。
「コノハさんはどれにしますか?」
残念。いや分かっていたことだけどその笑顔は僕に向けられたものじゃなかった。
「えと…ヒビヤは?」
なんとあろうことかコノハはヒヨリの一言に返事もせずにその質問を僕に流してきた。客人を優先するその姿勢はいいがスルーされたヒヨリはムッとしている。
「え、あーいや…僕はなんでも…」
「じゃあ……これとか?」
あ、これもおいしいよ?とコノハは次々とオススメのアイスを手に取った。
「あ、これがいい…」
「そっか。じゃあ僕はこれにするね」
その報告はいらない。
「私もコノハさんと同じのにします!」
そう言ってヒヨリは再び冷凍庫を漁りだした。
「あ、ごめん…これ一つしか無くて……はい、どうぞ」
「あ、いいんです!いいんです!コノハさんが食べてください!私はこっちと迷ってたんで!」
ヒヨリが選んだそのアイスの名は僕の頭の中のヒヨリの好きな食べ物の項目にしっかりと刻み込んだ。
しかし自分の持っていたアイスをヒヨリに譲るコノハは何も分かっていない。好きな人と同じものを選びたい気持ちが。僕にはよく分かる。ただ今は、そのアイスが二つ無くて良かったと心底思った。
じゃあ戻りましょうと冷凍庫を閉めたヒヨリのコノハに向けられた声にふと手に力が入ってハッとした。
その手はアイスを握っていて、これは見るも無惨な形になっているかもしれないと焦って袋の上からなぞったがどうやら無事なようだった。
少し柔らかかったからきっと食べる時にいい感じに溶けているだろうとほんの少しだけいい気分で二人の後を追って部屋に戻った。




熱を持った気持ちを冷やす夏の塊

2013/08/15



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