部活を終え一息つき勉強机に向き合って数十分、時間が経つに連れ机上は教科書の類いでいっぱいになるため消しゴムを探すのにも時間が掛かる。
「あれ…?」
教科書やプリントを退かし筆箱を漁れど消しゴムの姿はなく、一体どこにいったのだろうかと机周りを見回してみるがやはり見当たらなかった。
そういえば、と最後に使ったのは昨日だったことを思い出す。となると恐らく教室だろうと推測をした。
シャーペンの頭に付いている申し訳程度の消しゴムは使いにくいためとりあえず今日は先輩に借りようと似鳥は凛の机に目を向けた。
夏休みの課題の上に置かれているペンケースが目に入る。
「先輩怒るかな…?」
本人は留守だったが似鳥は失礼します、と呟いてペンケースを手に取り中を覗く。細身のペンケースであるため一目で消しゴムを見つける事が出来た。

「2つ?」
消しゴムが二つあったところで何も不思議がることではないのだが、似鳥は違和感を覚えた。
普段凛が使っている消しゴムと見慣れない消しゴムがあって、凛が使っている方は新品同様だった。
もう片方の方が明らかに消費されているのだが何故凛は此方から使わないのだろう。
果たしてどちらを借りようかと似鳥は頭をひねった。
凛が新品同様の消しゴムを人に貸す事を躊躇するタイプだとしたらどうだろうか。
普段使用している場面を見ない方の消しゴムは単に使い勝手が悪くなっただけとは思えない。例えばおまじないで、それをずっと持っていると願いが叶うというようなものか。もしくは勉強以外専用の消しゴムかもしれない。
どちらにせよ凛を怒らせるかもしれない、と思ったがこれではいつまで経っても勉強が進まないため似鳥は結局、普段凛が使っている方の消しゴムを借りた。




暫くして勉強を一区切りさせたところで、部屋のドアが音を立てた。凛だ。

「おかえりなさい、先輩」
どこに行っていたのか、前に聞いた事があるのだが答えてくれるどころか不機嫌だったためそれ以来、聞かないことにしている。

「消しゴム、少しお借りしました」
「は?」
「勝手にすいません!自分の無くしたみたいで…」
「どっちだ」
どちらを使ったのかということだろう。答えによっては許されないのだろうか。
「…いつも先輩が使われてる方を借りましたけど」
「そうか」
「あの、なんで古い方から使わないんですか?」
聞くのは不味かっただろうか、と思ったが後には退けなかった。ただ純粋な疑問だった。
「…俺のじゃねえから」
「誰かの落とし物とかですか?」
「…そんなとこだ」
やはり詮索されるのは嫌なのだろう、とそれ以上聞くのはやめた。




翌朝。
今日が締め切りの提出書類をまだ書いていない事を思い出し記入していた時だ。
間違えて書くような事も無かったのだが何となく気になってしまってついそのペンケースに手を伸ばした。
チャックを開けてすぐ、目に入ったのは確かに昨日見たそれと同じなのだが手の上に転がすように置いてみればその際に一瞬何か黒いものが見えた。
「何か書いて…」
昨日は気付かなかった。消費されている部分とは逆側の角が残っている方に油性ペンで文字が書かれていたこと。その文字が名前だったこと。そして、『まこと』と書かれていたこと。
少し滲んでいるが確かにそう見えた。
まこと。橘真琴。
凛は確かに自分のではないと言ったからきっとこれは橘真琴本人の物だろう。しかし何故。
「似鳥」
「あ、おはようございます」
背後から声がして振り向けば凛がベッドから出てきていた。
「先輩、これ」
「お前また…」
「落とし物なんですよね?どうして本人に返さないんですか?」
「誰のか知らねえんだよ」
「名前書いてありますよ」
消しゴムを手に取り名前が凛に見えるよう差し出した。
「……借りたんだよ」
「いつ?」
「昔」
「借りパクですか」
「ちげえよ」
「じゃあなんでそんなに前の物を持ってるんですか?」
「別にお前には関係ねえだろ」
「関係ないですけど、でも気になります」
聞きたかった事を全て言い切った。けれどまだ一番知りたかった事を聞いていない。

「…お守りみたいなもんだ」
少し間を空けて凛は濁すようにそう言った。それはきっと真実とは違うのだろうけど似鳥には嘘に聞こえなかった。
「…大事なんですね」
似鳥が消しゴムを凛に渡すと凛はそれをペンケースに戻さずにポケットに入れて部屋を出ていった。
パタン、とドアが閉まったのを見て似鳥はあの消しゴムをどうやったら消し去る事が出来るのか考えながら身支度を整えた。




消しゴムで過去は消えるだろうか

2013/08/10



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