合宿期間も折り返しになり最終日に近付いていた。
疲れも溜まればストレスも溜まるわけで色々と限界が近く、月島は気分転換にと休憩時間を利用して学校の敷地外に出ようと考えた。
休憩時間にはそれなりに時間があって、昼食時のそれは随分余裕があっていつも暇を持て余していたのだ。
少し出てくるから、と山口に声を掛けて月島は一足先に食堂を出てそのまま校門に足を向けた。財布と携帯電話はポケットにあるから見知らぬ土地だが問題はない。
「どこ行くの?」
後方から飛び出した声に聞き覚えがあった月島は足を止めた。仕方なく振り返れば予想通りの人物が予想通りの表情で此方に向かってきていた。
「…ちょっとコンビニに」
「コンビニかー」
何か考えるように語尾を伸ばした黒尾の様子からきっとついでにパシらせようとでも思っているのだろうと月島は読み、先手を打つ。
「何かいるものあるなら買って来ますけど」
「いや、俺も行くからいい」
「はあ…」
「今、なんでついてくんだよって思っただろ」
「まあ…」
「否定しろよ」
あっという間に黒尾は月島の隣に並び軽く背中を叩いて笑いながら月島と同じ速度で歩きだした。
センサーに反応し横にスライドされたドアの音、入店音、店員のよく通る声を順に耳にしながら黒尾は左の通路に足を進めた。雑誌のある場所だ。
それを見て月島は食品のある突き当たりの一歩手前、生菓子の揃う所へ直行した。
ロールケーキが大半を占めるその棚の右側には和菓子、左側には洋菓子があって更に左側にはゼリーやヨーグルトが置かれている。
しかしどこを見ても目当てのものはない。最近出たばかりだからだろうか。
目当てだったショートケーキは一つ280円の、大きさはそれほどではないがクリームの量と苺の量が売りだ。その他に二つ入り395円の普通のショートケーキも売っていたりする。
ロールケーキは一切れずつなのになぜショートケーキは二切れ一セットになっているのだろうかと月島が常々思っていたところで発売されたショートケーキだったのだがしかし品切れ。
月島は仕方なく残っていた二つ入りのパックの方に手を伸ばし掛けたがやめた。
これが学校帰りならば家で食べるし残りは冷蔵庫に入れられるのだけれど今回は違うのだ。
さすがに二つ食べると午後の練習に響きそうだし、かといってクーラーボックスや冷蔵庫に一つ残しておくと誰かに食べられそうで嫌だ。
「ここのウマいの?」
音も無く隣に現れた黒尾の声に月島は、ああからかわれるなと身構えて黒尾の顔を見たがどうやらその意図はないらしくただ純粋な疑問を口にしたような表情だった。
「…それほどでもないですけど」
ベスト5に入るかと言われたらそうでもない、わりと普通に近い、けれど目の前にあれば食べる程度には美味しい。
「それほどでもないならケーキ屋で買った方がいいだろ」
「買って不味かったらどうするんですか」
見知らぬ土地の見知らぬケーキ屋を一々サーチする時間などないから月島はここに来ているというのに。
「俺ウマいとこ知ってるけど…行く?」
「…別にわざわざいいですよ。時間もないし」
「通り道だから大丈夫だって」
問題は時間だけではない。黒尾の舌を信じてもいいかどうかということと、素直についていくのは何だか癪だということもある。
「黒尾さん味音痴とかじゃないですか?」
「失礼だな。俺は神の舌を持つ男と呼ばれるくらいのスゲー舌持ってんだぞ」
「………そうですか」
これが烏野の誰かなら月島は鼻で笑うなりするのだけれど他校の先輩となると反応に困る。
「…スマン。忘れろ」
「忘れろって言われて忘れると思います?」
「思わないな」
「じゃあネタにしますね」
出掛けに見つかってから今までで月島が笑顔を見せる事は無かったがここで漸く唇と目が歪んで緩やかな弧を描いた。尤も、その表情は笑顔と呼べるほど爽やかなものではなかったのだが。
「…ケーキ奢るからやめてくれ」
「まあ、それなら…」
月島は渋々というような声音だったが別に本当にネタにしようと思っていたわけでもなかったし、何より奢りという建前があるならばついていくことも容易であると思ったのだ。
「じゃあ、まあ…行くか」
そう言って出入口に足を向けた黒尾は何か買ったようには見えずに月島は黒尾を呼び止めた。
「何か買うものあったんじゃないんですか?」
「いや?」
「じゃあなんで来たんですか」
「あー…なんとなく」
「はあ…」
まあ、いいだろ、となんだか濁されてしまった気がしながら結局、二人して何も買わずにコンビニを出た。
一味違うブレイクタイム
2014/03/24
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