待ち合わせ場所が目に入った。目線をさ迷わせ見慣れた彼女を探しつつ歩を進める。ああ、いたと確認をしたが何となくそのまま彼女に視線を合わせるのも居心地が悪く、周りを見回しながら待ち合わせ場所に向けて歩いた。待ち合わせ場所に着くと同時に喫煙所に吸い込まれるように入っていく男女が見えた。

「そういやお前タバコとか吸わねーな」

「おお、なんやねんいきなり」

「ちょっと気になっただけ」

「んー?せやなーまあ吸いたいと思ったことあらへんしなあ」

「高校ん時吸ってなかったか?」

「吸ってへんわ!」

「マジで?吸ってた印象があるぞオレ」

「何とごっちゃになって記憶されてんねん」

「あーペロキャンじゃね?」


会うのは暫くぶりだった。
学校やらバイトやらでお互い中々スケジュールが合わずにいた。それでもこうしてどうにか集まりたいと思うのは数年前の生活に戻りたいという気持ちが何処かにあるからだろうか。

「そうだ。はいこれ、土産」

「何やのこれ」

こうして何かを渡してくるのは会う時の恒例になりつつあった。大抵はどこそこに行った友達から貰っただのバイト先の先輩から貰っただの人から貰ったものを流してくるのだ。因みに今受け取ったその袋には数個のリンゴが入っている。

「どこから貰ってきたん?」

「母ちゃんの仕事仲間の実家から送られてきたんだとよ。蜜めっちゃ入っててウマいんだぞ!」

「ほな帰ったら食べるわ」

「えー今丸噛りとかしろよな」

「するか!」

「洗わなくても大丈夫なやつだぞ?」

「そういう問題ちゃうやろ!普通の女子はこんな街中でリンゴ丸噛りとかせえへんからな?」

ここだけ田舎のようなやり取りだと思った。田舎でもこの年で丸噛りする女子はいないだろうが。

「禁断の果実とかじゃねーから安心して食え!」

「せやからそういうことちゃうねん!ていうか禁断の果実はアレ林檎ちゃうねんぞ!」

「え、マジ?」

「常識やろ」

「アレか、最近になって違うって分かったーみてえなヤツか!1192じゃなくて1185になったーみたいな」

「禁断の果実がリンゴっていうんは俗説やからそれとはちょおちゃうやろ」

「へー…」

「興味無さそうやな」

「いやなんか…俺の知ってるヒメコさんと違うなと思いまして…」

「色々勉強しとるからな」

「なあ、ちょっとリンゴ一個取って」

「何するん?」

「丸噛りじゃなかったら食うか?」

「は?」

「さすがにナイフとかは持ってねーけど」

相変わらず彼の考えは理解出来ない。丸噛りでもなければナイフで切るわけでもない。そのまま様子を見ていれば彼は林檎に歯を立ててその赤に出来た罅に手を掛け半分に割った。

「よし!」

「ちょお待て!これ食えとか言うんちゃうやろな!?」

「まだデカいか?」

2分の1になった林檎は歪な形をしていて、けれども中身は美味しそうに輝いていた。

「さすがに手じゃ無理だな…」

そこまでして今すぐリンゴが食べたいとは思わないのだが…と思っていれば彼は再び林檎に歯を立てていた。先程と違うのはそのまま半分ほど食べ進めてしまったことだ。

「ほら食え」

「はあ?」

差し出されたのは半分の半分、無理矢理4分の1になった林檎だった。

「何考えてんねんお前は…」

「いいから食えって」

「ちょ、」

何すんねん。
その言葉は押し込まれた林檎によって流れた。

「ウマいか?」

「…甘い」

「だろ!?」

そう言って彼は残りの林檎に噛りついた。雑踏の中でも聞こえるその音の出所である口元と同じように動く喉仏に目がいった。ああそういや喉仏、アダムのリンゴっていうんやったっけ。なんて思いながらさっきのリンゴの間接キスを思い出した。アレはもしかすると本当に禁断の果実かもしれない。胸の鼓動が耳に響いているこれは恥ずかしいという感情の表れじゃないか。アダムとイヴのそれと一緒だ。

「まだ食うか?」

「…ほんなら、ちょっとだけ」

ただ、恥ずかしいということ以外アダムとイヴとは違っていて、彼等は神にエデンから追放されてしまうけれどそんな運命ではなく、自分はこの男に絆されて堕ちていくということだった。




禁断の果実

2012.12.01
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