※260話





グラウンドの端に並ぶテントの一つに群がる負傷者は傷を負っているはずなのに笑顔だった。其れ程迄にこの行事は盛り上がりをみせていた。
皆かすり傷程度であるが念のためとここに来ているのだろう。自分達も同様に。

傷口を洗ってから来るよう言われているから水が染みるのを我慢して血の滲むそこを洗い流して保健医の元へ来てみれば、混んでいるせいか些か処置が雑であった。
傷口に目を向けて大したことがないと判断された者は勝手に消毒をしろという流れが出来ていて、案の定自分達も前に並んでいた奴と同じように机上に無造作に置かれている消毒液諸々を手に取った。

「イス空いてねーな」
パイプイスはどれも処置を施している最中の人で一杯である。
『あっちの階段へ行こう』
「だな」

地べたに直接座ってもいいのだが砂に塗れながら消毒をしても無意味だ。
グラウンドと校舎の間にあるアスファルトとの境目にある数段の階段もそう変わりはないが幾分マシである。



* * *



「スイッチ鏡持ってないよな?」
『鏡?』

各自擦り剥いて少しグロテスクなことになっている腕や足の傷口の処置をしていたところだった。

「さすがに顔は自分じゃ見えねーからな」
ボッスンは傷口に触れて頑張れば自分でも出来るだろうかと脱脂綿に消毒液を垂らしていた。
『貸してくれ』
ボッスンは意図が分からないのか、まあいいけどと消毒液を垂らすのをやめてくれた。
ピンセットで摘まれた脱脂綿が落ちないようにボッスンの手からそっとそれを受け取った。因みに自分が先程使っていた消毒セットは既に片付けてしまっている。

たっぷりと消毒液を染み込ませたそれをボッスンの頬に当てようとすれば、おおなんだやってくれんのか…と声が漏れたから後でオレもやってくれと返した。

「痛くすんなよ」
『それは無理だろう』
左手でタイピングした言葉を発し終わる前に右手の脱脂綿はボッスンの頬に当てがってそれと同時に本人は染みると声を上げた。

『大袈裟じゃないか?』
先程各自手足の消毒をしていた時にも思ったことだった。我慢しようと思えばそんな声は上がらない。精々顔を顰めるか小さく声を漏らすかだ。

そんなことを考えながら黙々と手を動かすがそれに比例して一々染みるだの痛いだの文句が聞こえる。
『ボッスン、』
距離が近いため少々耳に響くその声を塞ごうと傷口に脱脂綿を当てる代わりに唇に唇を当ててやった。



少し黙っていてくれ

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リアタイログ
2012/12/12




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