「先輩、201号室って今誰かいますか?」
凛が部屋で寛いでいたところに神妙な顔付きの似鳥がそう投げ掛けた。
201号室は凛と似鳥の部屋の向かい側の部屋だ。数日前に三年生が出ていったため今は空室だと似鳥は思っていたのだが物音がしたため気になって凛に聞いた。
「新入生だろ」
「あの部屋誰か入るんでしたっけ?」
事前に知らされていた新入生の部屋に201号室が入っていたことはなかったと似鳥は記憶していたが誰か入ることになったのだろうか。
「さあ。それか職員が掃除してるとかじゃねえの」
「それだったらドア開いてると思うんですけど」
三年生が卒業し、空室になった部屋が掃除されているところを似鳥は何回か廊下から見た事があった。ドアが開け放たれていたからよく見えた。
「…じゃあ部長の生霊、とか」
「い、生霊…」
「似鳥」
「はい」
「ちょっと見てこい」
「嫌です!先輩が見てきてください!」
生霊という言葉により完全にびびってしまっている似鳥は自分で真実を知る気はないらしい。だからといってここで凛が見に行かなければ永遠にその物音は謎のままだ。気になって仕方ない。
凛は渋々部屋から出て301号室のドアの前に立った。
「いくぞ」
凛は後ろに向かって言った。似鳥は自分達の部屋のドアを半開きにし、それを盾にして此方を窺うように距離を取って頷いた。
凛はそれを見てから一応ノックをし、勢い良くドアを開けた。
「…え?」
「…ど、どうしたんですか、先輩」
凛が上げた声に似鳥はまさかと思いながらその背中に声を掛ける。
「…部長がいる」
「ええ!?まさか本当に生霊!?」
「多分本物だ」
「本物?」
幻覚にしろ霊にしろ本物にしろ今ここに存在することはないはずの人物だ。
「なんでいるんすか」
「いやー留年しちゃってなー」
「留年!?」
「嘘だろ…いやでもこの人ならあり得るか…」
凛も似鳥も先日の卒業式の事はすっかり頭から抜けてしまっているのだろうか。
「あれ?信じてる?」
呟くように溢した御子柴の言葉は二人に届いていなかったのか凛は間を持たせるように、あー…と頭を掻いていて、似鳥は必死にフォローの言葉を探していた。
「だ、大丈夫ですよ!部長ならまた一年なんてきっとすぐですよ!」
「これから同学年ってことはわざわざ敬語使わなくても良くなるのか…?」
なんだか思った以上に深刻な事になってしまって御子柴は慌てて声を上げた。
「似鳥!松岡!よく聞け!これは嘘だ!俺は留年なんてしていない!」
「してない、んですか?」
「じゃあなんでいんだよ…?」
「忘れ物取りにきただけだ」
「忘れ物?」
「いやー…まあ、な…」
嘘をつく場所を間違えた、と思いながら御子柴は話題を逸らそうと考えるがそれより早く突っ込んで来られてしまう。
「なんすかその濁し方」
「気になるじゃないですかぁ!」
「あー…卒業ん時にお前らがくれた手紙を、ちょっとな…」
「忘れたんですか!?」
「いや、違うぞ?別にいらなかったとかどうでもよかったとかじゃなくてな、無くさないように引き出しに入れといたらこうなっただけだからな?」
「大切なものならそうはならなかったんじゃ…」
大切なものなんだけれど自分が抜けていたせいでそうなった。後輩の思いを踏み躙ったのには変わりない。これは最後の最後に距離が出来てしまったな、と御子柴は肩を落とした。
「まあ、いいんじゃないっすか」
「ん?」
「そういうなんかちょっと決まらない方が御子柴部長らしいっつーか…落ち着くっていうか…」
「松岡…」
「まあショックではありますけどね」
「そうだな」
意地の悪そうな表情で顔を見合わせる二人の目が御子柴を捕えた。なんだか少しだけ気まずい空気が残っている気がして御子柴は苦笑を浮かべその次には癖のように二人の背中を叩いていた。
「お前らは優しいな!俺は嬉しいぞ!」
「「痛いです、部長…」」
元部長の些細な嘘