この頃、また一段と冷え込んできた。
ジャーファルが来て以来数日、この地域にしては珍しくもうずっと雪は降っていなかった。それでも空気はキンと冷え切り、吹く風に顔が強張り体がぶるりと震え、まだまだ今が真冬なのだと忘れることはできなかった。
久しぶりに雪でも降りそう、といった雲がかった夕暮れの寒空の中駆けてきたお陰か、体の中は暖かいけど表面は冷たくて帰ってすぐにお風呂へと急いだ。ただいま!寒かったからお風呂行って来ると、声をかけてお風呂場に急ぐ。いつもと違う行動をとってしまう…ジャーファルの返事すらちゃんと聞かずに通り過ぎてしまった。
寒かったからお風呂に直行した、なんて、うそに決まってる。どんな風にジャーファルと顔を合わせていいかわかんなくて、顔を見ないように避けてしまった。いつもなら夕飯の支度を手伝っているのに、このままの状態じゃとても平然とジャーファルの横に立てそうにない自分自身が、一番恥ずかしく思えた。
▽
脱衣所は冷え切っていたので、素早く服を脱いでお風呂場に入り込めば暖かい湯気に体が包まれてほんのり幸せな気持ちになった。
先ずは体を洗わなきゃ…
湯船に早く浸かりたいな…
あ、夕飯はなんだろ…
何か違う事を考えて見てもすぐに浮かんで来るのは、帰りにクラスの女の子と話したこと。結局気を紛らわす事もできず今日のことを思い出しながら、体を洗うけれど…泡立ったタオルを片手に持ったまま、動きがピタリと止まってしまう。その手を恐る恐る…そっと自分の胸の上で重ね合わせてみれば、いつもより鼓動が速いのがわかる。
…ジャーファルは、不思議な少年だった。皆が言うと通り、キレイな顔立ちをしていて、それは初めて縁側で出会った時につい見惚れてしまったほど。
異性とこんなに長い時間を共有することが今までなかったし、ジャーファルはかっこいいし…だから、一緒にいるだけでいちいちドギドキしたけど、それだけだと思ってた。
それ以上の気持ちをどんな風に呼ぶのか、流石に色恋沙汰に縁の無かったわたしだって知ってる…。クラスの男子と話したってこんなにドキドキしないこともわかってる。
わたしがドキドキするのは、ジャーファルが優しく話しかけてくれた時、にっこりと笑ってくれた時、寝る時に手を繋いでくれる時…
考えているだけで、一段と早くなる鼓動。
わたし、ジャーファルのこと、
「わたし、ジャーファルのこと好きだ…」
言葉にすれば呆気なく口から出ていた。でも、それは伝えるにはとても難しいことだった。
ジャーファルはこの世界の人じゃないから、いずれいなくなってしまうかもしれない。わたしの前からいなくなってしまうかもしれない…。
折角好きだと自覚したのに、どんどん後ろ向きになってしまうわたしの思考。勢いよく洗面器のお湯を頭からかぶり気合を入れる。あたりに飛び散った水飛沫と一緒に、嫌な気持ちも吹き飛んでしまえばいい。
ジャーファルが好き。
わたしだけだった世界に光をくれた、ジャーファルが好き。
それだけで、いいんだ。
湯船に浸かり、窓を見てみれば薄っすら月が見えていた。朧月、ってこのことだろうか。空いっぱいに今すぐにでも雪が降りそうな暗雲が立ち込めて居るのに、その周辺だけ薄くなりぼんやりと月が浮かんでいる。
今夜は雪かもしれない。
(20130510)
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