のんびり、ゆっくり、ゆったりと、穏やかに毎日を過ごしていた。お正月もおじいちゃんやジャーファルと御節やお雑煮を食べて炬燵でのんびり過ごして、三ヶ日の間は暖かい日差しが振り込む縁側でジャーファルと、ゆっくりと他愛もないおしゃべりをしたり、時にはゆったりと近所に散歩に出たり、三ヶ日が空けてから二人でどきどきしながらお買い物にでてみたり、そんな日々を過ごしていたのに。今のわたしは心穏やかじゃない。早く言えばジャーファルと喧嘩したのだ。きっかけはなんだったんだろう。カレーの話だったかな、昨日の夜のことだった。
いつもの様に夕飯を済ませて、炬燵でまったり過ごしている時だった。今夜のメニューはカレーで、ジャーファルはその刺激と美味しさに驚きながら食べてたのが微笑ましくてまだ目に浮かぶ。初めて出すメニューはその反応をつい確認しちゃうのだ。
「ナマエまた笑ってますよ。」
「ごめんごめん。カレー食べてるジャーファルが面白くて。」
こんな感じに過ごしていただけなのに。つい聞いてしまったのだ、ジャーファルの世界のことを。
「ジャーファルはどんな食事をして、どんな服を着て、どんな風に過ごしていたの?」
今まで、わたしから彼の世界について尋ねたことはなかった。こちらでは一般的なカレーすらない世界なんて、どんなとこなんだろう。ちょっとの疑問に好奇心がくすぐられただけだった。ジャーファルも必要以上に説明することもないと思っていたのか、詳しく話すこともなかった。尋ねて聞いてしまえば、ジャーファルのことをもっと良く知れるとわかっていたけど、やっぱり口にするのが怖かった。ジャーファルは違う世界の人間だって言い聞かされるみたいで避けていたのだ。それに、聞いてしまうともしかして帰っちゃうんじゃないかな、と根拠のない心配もしていた。
「私の世界に興味有りますか?聞いたところで、ナマエになんの得もありませんよ。私のところは争いばかりでしたし。」
「争い…戦争があったの?」
ばか。やめとけばいいのに、また好奇心が口を開く。
「争うことばかりでした。ここに来て、こんなに平和な国があるなんて不思議に思ったくらいです。」
「…それでも、元の帰りたいんでしょ?」
言ってしまった、聞いてしまった。やめとけばいいのに。
「そう、ですね。ここはとても心が休まりますが、私は……」
ほら、やっぱり。
ここでどんなに楽しく過ごしても、どんなに仲良くなっても、ジャーファルは元の世界を忘れない。元いた世界に帰りたい、その気持ちを知ってしまった。
「ジャーファルはわたしと離れても寂しくないの?」
それは、、口ごもりジャーファルが目を伏せる。わたしたちはただの15歳の少年少女で恋人でもないし、そんなこと聞くの困らせるのはわかってる。でもわたしにとって、ジャーファルはもう大きな存在になってしまったから、もう止められなかった。
「ジャーファルは元の世界が大事で、結局ここは少しいるだけ、少し泊まってるだけ、そういう気分なんでしょ。元の世界に帰っちゃったらわたしのことなんて忘れちゃうんだ。忘れて、記憶から無くなって、仲間たちと楽しく過ごすんでしょ。」
ついに、言ってしまったずうっと思ってて、悩んでて、言えなかったことを。わたしはジャーファルの顔を見れなかった。うつむいたまま炬燵の布団をにぎりしめた。
「ナマエ…さすがに私も怒りますよ。」
見えないけど、ジャーファルはとても寂しい顔をしているんじゃないだろうか。そう思うとますます顔があげられない、自分が蒔いた種なのに。
「私は帰っても、絶対にナマエのことは忘れません。約束します。」
この言葉がわたしを更に追い立てる。
「ーーーやめてっ!」
ガチャンッ
わたしが叫ぶのと同時に壁に掛けかけてあった時計が落ちた。わたしのせいだ。昔から感情が高ぶると不思議な現象が起こる。この変な体質のせいで、最初はご近所さんから気味悪がられ、学校ではろくに友達もできず、最後は両親にまで見放されたのだ。わたしは自分が嫌だった。
「わたしのせいだ…」
「ナマエ?」
なんでもない。
それだけを言って、炬燵から出て時計の残骸を拾い上げる。まるで今のわたしの心みたいだ。わたしはそのままおやすみと言い残して、先に二階へと上がった。布団へ潜り込むと自然と涙が落ちてきて止められなかった。
言って欲しかった。
忘れませんなんて言葉はいらなかった。
ずっとここにいます、ナマエの側にいます、って、言って欲しかった。
ぽろぽろと絶え間無く落ちる涙をよそにわたしはそのまま眠りに落ちる。
(20130114)
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