私のこれから




ナマエが言うには、今日は大晦日と呼ばれる年越しの日だそう。除夜の鐘と呼ばれる百八つの煩悩と同じ数の鐘を聞きながら、細く長く生きられるように思いを込めて蕎麦を食べ、去りゆく年の礼と新年の豊穣と無病息災を祈りに年神様への挨拶に神社へ初詣に出向く、という日らしい。最もこれだけ詳しく教えてくれたのは、おじいさんだ。彼は私が二階の掃除も終盤に差し掛かる頃やって来て、大晦日について教えてくれた。私がここにあるものに
きっと困惑してるだろうと危惧をしてわざわざ来てくれた。

二階にある物といえば、とにかく見たこともない、失礼ながら訳のわからないものばかりだった。それらについても一つ一つ丁寧に、これはドイツの大きなカメラ、ゾーリンゲンの奇妙な形をした刃物、中国の絹に美しい刺繍を施した布地、ロシアのたくさんの人形が出てくるマトリョーシカ、とそれぞれ国に赴いた時の出来事と共に語ってくれるが、私にはその国にのことも、その物自体がそもそもなんなのかわからない。素直に伝えると私も始めはそうだったよとおじいさんが言う。やっぱり彼も私と同じなのか、初めてこの家に来て以来二人で話す機会もなくて、これはチャンスだと思った。しかし、おじいさんの方から、先に答えを言い出す。どれだけの国を旅しても、我々が来た世界はどこにもなかった、と。

少しの沈黙の後、おじいさんが話し始める。私は息を飲んで耳を傾けた。


「君にはルフが見えるかい?」


心臓がどくん、と脈を打つ。
思わず目を見開いてしまったので、狼狽したのが伝わったのかもしれない。


「出来損ないだったが、少し魔法も使えた。私にはルフが見えるのだよ。」


この言葉で確信に変わる、私とこのおじいさんは同じだと。


「この世界にはルフが存在しないんだ。こちらに来て一度もルフを纏う人間なんて確認したことがなかったのに、ナマエは生まれた時から纏ってるんだよ、美しいルフをね。」


「ルフ自体私は見ることはできませんが、存在は知っています。ナマエには見えているのでしょうか?」


「いや、きっと見えてない。けど、昔からナマエの周りでは不可思議ことばかり起こるものだから、周囲は気味悪がる。私はルフの仕業だと思っている。何かきっかけがあれば見えるかもしれない、確信はないんだがな。」


だから、これからもナマエの力になってやって欲しいんだ。私の目をジッと見つめ力を込めて言う。私にこの世界でのこれから、はあるのだろうか。まだこちらに来てたったの六日、たったの六日だけれどこの独特の文化を持つ日本に惹かれている自分もいる。何に対しても礼儀を持ち、仁を大切とするこの日本。こんな国を私も作りたいのだ。そうだ、私は元の世界に帰らなくてはならない理由があるのに。


「でも、私には元の世界に帰らなければならない理由があります。」

「でも、だって、そんな言葉男が使うもんじゃない。どうするかなんてこれからゆっくり考えればいいさ。」


わしわしと頭を撫で、おじいさんは笑う。これからのことを考える、か。思えばこちらの世界のことを学ぶのに精一杯で、考える暇もなかった。ほとんどナマエに張り付いて色んな事を教えて貰っていたのだ。彼女は私を邪険にも扱わず、寧ろ嬉しそうに笑いながら、私の手を取り沢山のことを教えてくれた。彼女の笑顔が、ジャーファルと呼んでくれる声が、綺麗だねと言って私の髪の毛を触る手が、私は好きだった。ナマエと過ごす日々が楽しくて、だから、これからのことなんて考えなかったのかもしれない。



これから、どうする?



口を閉ざしてしまった私を見兼ねて、おじいさんがまた頭を撫で回して来た。まだどうすればいいか何もわからないけど、強い味方ができたのだ、そんな気がした。


「まだ一階の掃除が終わっとらんと思うから、今から手伝ってやってくれ。」


「はい。」


おじいさんにお礼を言ってナマエの元へ急ぐ。これからを考えるより今は"今から"を大切にしなくては。




(20130108)




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