先程の部屋に戻ると、金髪のナマエのおじいさんがいた。机の上にオレンジの果物だろうか、たくさん積んであった。座りなさいと促され私は彼の向かいに腰を下ろした。そうだ、わたしは彼にまともに挨拶もしていなければ、一宿のお礼すら述べていない。慌てて口を開こうとすると、
「ここは寒いだろう。」
「…え、はい。」
先に切り出したのはおじいさんだった。彼は私に口を挟ませないような物言いで眈々と言葉を紡ぐ。
「私も昔とても暖かいところにいたんだ。もう遠い昔のことだ。」
年寄りの寝ぼけた戯言だと思って少し話を聞いてくれるかな?微笑みを交えておじいさんは言い、私はこくり、と頷く。「私も昔暖かいところにーー?」なんとなく、聞かなければならない、そんな気がした。
「もう遠い昔、私はここで彼女に出会った。ナマエにとってばあさんだな。もう先に逝ってしまったが、彼女は私の金の髪を美しいといってくれ、恋に落ちた。」
白く湯気だつコップを私の前に差し出しながら彼は続ける。
「私の世界では金の髪というのは余り珍しくなかったのだが、こちらでは見かけない。最も国を出れば違うが、この国では異質で初めて来た時はそれはそれは好機の目で見られた。」
私は自分の世界ですら銀の髪は珍しく、周囲から遠ざけられていた。それより、いま、おじいさんも私の世界、とーー?
「そんな私を好いてくれ、私も彼女を愛し、結婚したのだ。あちらの世界を捨て、この国で生きることを決めた。私は娘を持ち、孫も出来た。」
ごくり、自分が唾を飲み込む音がわかる。なにを、語るのだろう。
「しかしな、孫が、ナマエが私に似てしまったんだ。」
切なさを含んで、おじいさんがつぶやく。
「外見の問題じゃなくて、中身の問題だ。ナマエ自身気づいておらんようだが、あの子の周りがナマエを異質と見なしてる、あの子の両親までも。私にはばあさんが愛してくれた。けど、ナマエには?私が死んでしまったら?この先ーーー」
涙ぐむのがわかった。
もしかして、もしかしなくても、彼は私と、おなじようにーーー?
「君がナマエと仲良くしてくれたらな、と願ってるよ。」
おじいさんは笑顔に戻り、オレンジの果物を口に放り込んだ。
「今のはただの独り言だ、気にせんでくれ。」
「あの、」
聞きたいことは沢山あった。
なぜこちらに来たのか、戻る方法は?そもそも、あなたも私と同じ世界から来たのですか?私と、おなじようにーーー?
ガラリ
襖が開きナマエが入ってきた。
私たちの会話はそこで終わったのだ。
(20130106)
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