暗い夜道を彼女と歩く。街灯も比較的少ない道に差し掛かったが、幸い月も明るかったので何ら問題はない。名前は俺の横で今日あった出来事だとか美味しいお菓子の話だとかをひたすらに話している。いつも通りそんな話を半分聞き流しながらおもむろに考えを巡らす。
本当にこれで、俺の誕生日は終わるのだろうか。このまま普段と変わらずこいつと帰り、そして明日がやってくるのか。何かが足りていない、そんな気がした。これだけ祝ってもらっていて、何と図々しいのだと思う。しかし、一番重要な何かが、無いような。そう内心で首を傾げたとき、その答えに気付いた。

「そういえば、名前から何もプレゼントを貰っていないんだが」

視線を前に向けたままそう呟いてみると名前はぴたり、と動きを止めた。まさか忘れた、なんて。しかしあれだけ朝早くから待ち伏せておいてそれはないだろうと思う。それに他のやつらはともかく、彼女からは毎年何かしら貰っていた。たしか昨年は無駄に大きなクマのぬいぐるみだった。あれを贈られた意味は未だによく分かっていない。
…べつに用意していないからといって彼女を怒ったりするつもりはないけれど。無いのならそれで良いとも思っている。それでも、来年からは離れてしまうというのに。共に過ごせる最後の誕生日なはずなのに、なんて。そんな女々しいことを言いたくはない、けれど。
不覚にも寂しいと思った気持ちを紛らわすように少し足を速める。名前は一瞬立ち止まってからすぐ追い付いて、驚いた表情で声をあげた。

「何!もしかしてずっと待ってたの赤司!毎年迷惑そうにしてるのに!」
「別に待ってない」
「だって赤司の欲しいものってよく分かんなかったんだもん」

話を聞け。俺を慰めるように申し訳なさげに謝る彼女に口端をひきつらせた。言わなければ良かった。後悔しても遅い。名前は視界の端にコンビニを見つけると、まってて!と言いながら走っていってしまった。何を買ってくる気なのか。慌てて危なっかしさが増した彼女に冷や冷やしつつ見守った。
数分ほどして戻ってきた名前はビニール袋を手に振り回している。何を買ってきたのかは知らないがあまり振るものではないんじゃないか。そう心配する俺をよそに彼女はそれをこちらへ渡した。温かい。

「それで今月のお金なくなっちゃったよ!」
「……肉まんで?」
「うん!赤司のぶんしか買えなかった!」

あと誰の分を買うつもりだったのかは言わずもがなだ。俺の手の中でほかほかと湯気をたたせる肉まんと、こちらを羨ましそうに見る名前を交互に見やった。こいつただ自分が食べたいから買ってきたのか、という疑惑が浮上する。きっと図星なのだろう。肉まんを半分に割って渡してやると花が咲いたように顔を明るくさせた。分かりやすい。しかし名前は伸ばした手をぐっと引っ込め、彼女にしては珍しく遠慮した。こんなところで気を遣ってくれなくても良い。有無を言わせず口元に押し付けるとすんなり受け取った。

「…なんかごめんね赤司、でも来年はとっておきをプレゼントするって決めてあるから!期待してて」
「もう来年の話とは随分気が早いんだな」

ふふ、と笑う名前を横目に歩きを再開する。来年もまた、お前は俺を祝うのかと思いながら。安心したとは言わないけれど。ああ、できるならもういっそのこと。出来はしないと分かってはいるのに。
半分の肉まんをかじる名前はふと俺を見上げた。

「それとも赤司、何か欲しいものでもあったの」

純真な瞳を真っ直ぐこちらへ向ける。欲しいものと言われて真っ先に思い付くものならついさっき見つけた。しかしこれは手に入らないと断言できてしまう。いつだって自分の一番欲しいと思うものは手をすり抜けて行くのだ。ほとほと呆れる。考える俺を見ながら、自分ができることならするから言ってみろと彼女は言うので。そこまで言うなら言ってやろうかと随分冷めた肉まんを片手に。

「お前の三年間が欲しい」

言えば予想通り、目をまん丸とさせてぱちぱちと瞬きした。面白いくらい間抜けだ。薄く笑みを浮かべると、名前は一瞬表情を曇らせて俺から視線をそらす。もちろん答えなど分かっていた。分かっている上であえて言っただけのことだから。

「それはあげられない」

当たり前の返事だと思う。そう、と短く声を返すと名前は残りの一口の肉まんを口の中に放り込んだ。もぐもぐと口を動かしながら案外赤司って私のこと好きだよね、なんて言う。すごく自惚れるのだなと思いつつ、まぁ間違ってはいないと結論に至りそのまま聞き流した。無言は肯定ととったのか、彼女はどこか嬉しそうに笑った。本当にころころと表情がよく変わる。どれだけ一緒にいても飽きないのが分かる。だからこそ彼女の高校生活が欲しかった。

「でもきっと、それよりもっと最高のものを来年にはプレゼントするよ」
「…そう、楽しみにしてるよ」

よほど来年は素晴らしいものを貰えるようだ。うっすらと見えているそのプレゼントにせせら笑いながら名前の手をとった。名前の言う最高のプレゼントも、緑間が言っていた俺の欲しいものも、黒子が言う憐れも、来年は手に入れているのだろうか。そんなことを思ってはひんやりとした名前の手を強く握る。まあその三つはある意味言い換えれば一つでもあるのだろう。今まで俺が手に入れたことのない唯一のもの。今は楽しみにしておこう。
でも。
結局名前からはこれといったプレゼントを貰っていない。肉まんなんてほとんど彼女が食べたと言っても過言ではないのだから。だから、これぐらいは貰っておいても文句は言われないだろう。そうして名前の腕を少しひいて、間抜けな口元に唇を押しつけてやった。
すると彼女は少し間をおいてから笑って。

「…征くん」
「何、名前」
「生まれてきてくれてありがとう!」

ああ、礼を言いたいのは、どちらなのだろうね

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