午後の授業の移動教室から帰ってくると、机の上に紙製の袋が置いてあった。
一体何なのだろうか。不思議に思いながらも中を確認するとどうやら本が入っているらしい。何故こんなところに。誰かの置き忘れか何かかもしれない。ここは確かに俺の机の上なのだが。間違えたのか、と考えたがそれは違ったようだ。袋から本を取り出してみて気付いたが小さなメッセージカードが入っている。ぺらりと机に落ちたそのカードを拾った。誕生日おめでとうございますと丁寧な字で書かれている。差出人の名は無かったが大方検討はついた。よくやるものだと笑い、その本の題名に目を通し更に愉快だと思った。

「赤司楽しそうだね」
「そう見えるか」
「とっても」

先程渡された課題に終われる名前は紙にペンを必死に走らせながらそう言う。あまり表情には出さないようにしていたつもりだったのに。パラパラと贈られた本を捲りつつ名前の近くの席に座る。彼女は俺の持っている本に気付くとはて、と首を傾げた。

「その本どうしたの」
「黒子からだよ」
「…ふーん、夏目漱石?また難しい本を選ぶなぁ」

私にはちんぷんかんぷんだよと言う彼女に大きく頷いた。確かに名前ではよく分からないだろうと思う。
…に、してもだ。まさか黒子から誕生日祝いを貰うとは予想だにしていなかった。それも、この本を。果たして彼が意図していたことなのか定かではないが、あいつのことだ。きっと意図してのことだろう。まったく面白いことをしてくれる。明らかに上機嫌な俺を怪訝そうに名前は見やった。

「何か良いことでもあった?告白?」
「いいや、違うよ」
「じゃあその本?」
「そう。この本は夏目漱石の草枕なんだ」

表紙の題名を指でなぞる。案の定、彼女は訳が分からない様子で眉間に皺を寄せた。まあそれを言ったところで名前に分かるとはこれっぽっちも思っていなかったけれど。
夏目漱石の草枕。非人情をテーマにして書かれた有名小説だ。それにはすこぶる美しい女が登場するのだが、恐らく黒子はその女を俺に例えているのだろう。草枕で男は女に言う。美しく何一つ欠点がないようにも見えるのに、何かが足りないと。つまり俺にも足りないものがあると言いたいのだ。

「赤司に足りないもの?それってつまりデレだよね!」
「まったく違う上に理解不能だ」

話の腰を折られた。なにがデレだ、お前は足りているものを探す方が難しそうだ。そんなことを思いつつ。
つまり足りないものとは憐れだ。少なくとも小説内ではそうである。黒子も俺にそれが足りないと言いたいのか、断言はできないがきっとそうなのだろう。くすりと笑えばまた名前が眉をひそめた。憐れ、それは確かに俺に足りないのかもしれない。敗北を知らないと謳う俺からすれば、そんなものと。

「ひょっとしたら来年には私が赤司を憐れだと思う日があるかもね」

いきなり何を言い出すのかと思えば。くだらないと思う。普段から人を憐れんだり憐れと思われたりすることも無いため、どうも想像ができない。そんな日はきっと来ないだろうよ、とは言わずに飲み込む。何故かそう言い切れない空気を感じた。そんな馬鹿なことがあるはずない。そうに決まっている。けれど。
ぱたんと本を机に置いてから名前が向き合う課題に視線を落とした。植物の生態をまとめるもの、らしい。数字のテストの課題だったはずなのに何故植物なんだろうか。そういえば担任は理科の教師だったと思い出し納得した。

「ねえ赤司、これってなんて言う花?」

そう指差した先を見る。いつかの授業で言っていたような気がするその花に、ああ、と口を開く。

「アメリカイヌホオズキだよ」
「犬?アメリカの犬?それってもしかしてアメリカンドッグ?」

馬鹿なのはもう十分分かっているから早く課題を終わらせろ。冷たい俺の視線を浴びた名前は渋々課題と向き直った。その様子に溜め息を吐きながらアメリカイヌホオズキの写真をまじまじとみる。何だかこの花は面白い花言葉を持っていたような気がする、のだが。それは何だったか。よく思い出せない。名前に尋ねようにもまさか知っているとは思えず。まあどうでも良いかと彼女の課題の進み具合を見守った。

「ねえ赤司、今日は一緒に帰ろうよ」
「大抵いつも一緒に帰ってるじゃないか」
「それもそうだね!」

にへらと名前が笑う。この馬鹿みたいな顔を一日と見ない日が近い内来るのだと思うと何だか得体の知れない気持ちになった。馬鹿の相手をせずに済んで清々すると踏んでいたのに、これはどういうことなのか。考えるのも嫌になってとにかく早く部活に行こうと思った。

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