「赤司…」

午前の授業が終わった頃、食堂へ向かおうとした俺の背中に何かがくっついてきた。はあぁ、と重々しい溜め息をついた彼女は力無くうなだれる。また何なんだこいつは。背中にはりつく名前を引きはがそうと試みたがこれがなかなか離れなかった。勘弁してほしい。かといってこんなところでエネルギーを無駄にするのも馬鹿らしい。そう思いながらずるずると名前を引きずって歩く。…これでも十分エネルギーを消費しているような気がする。

「いい加減離れろ」
「聞いて赤司…さっき先生に呼ばれて行ったんだけど、この前のテストの点数が悪かったからって課題渡されたよ」
「良かったじゃないか」
「良くない!せっかく今日は赤司の誕生日なのに!」

それは関係ないだろう。ぐりぐりと背中に名前が頭を押し付ける。やめろ。食堂へ行くための廊下をこの体勢のまま歩くのは流石にきつい。近くにあった空き教室に入り名前を座らせた。俺の誕生日なのにと思うぐらいならせめて課題を完璧に終了させてほしいものだ。本気で嫌そうな顔をし脱力する彼女を見ながら顔をしかめた。脱力したいのは俺のほうだ。
さてこいつをどうしようか。そう考え巡らし口元に手を当てる。その背後でふと誰かの気配を感じた。

「あれ?赤ちんじゃん」

驚いたように空き教室内へ入ってくるのは紫原だ。俺と名前を交互に見るなりどうしたの、と首を傾げる。
紫原の声を聞いた名前はばっと顔をあげた。

「紫原くん!お菓子持ってる?」

さっきまでのテンションはどうした。急に明るい表情で、本当にどうした。俺と同様に一瞬呆気にとられた紫原は少し間を置いてから持ってるけど、と返す。どこから出したのか数個のお菓子を空き机に広げた。これから昼飯だというのに何というものを持ち歩いてるんだこいつは。言いたいのは山々だが今は二人を見守るべきか。そう判断し、ただ黙って瞳を輝かせる名前を見つめた。菓子で機嫌が直るとは本当に。

「なに欲しいの名前ちん」
「ありがとう紫原くん!」
「まだあげるなんて言ってないんだけどな〜」

まあいいや、と緩い返事をしながら椅子に腰を下ろす。いいのか、というより何度も言うがこれから昼飯なのだがこいつらは。腕を組んで呆れてみせると気付いた紫原が手招きをした。なぜこんな閑散とした教室で唐突な菓子パーティーを開かなければならないのか。疑問に思うことは多々あったが段々と面倒になってくる。言われるがまま適当な椅子に座った。

「こんなこと今日限りだからな」
「分かってるって赤ちん」

べりべりと菓子の封を切りながら紫原が言葉を返す。本当に分かっているのだろうか。一人難しい表情をする俺を見かねたのかふと板チョコの欠片を差し出される。

「赤ちん誕生日おめでと〜」

そんな言葉を添えて。そういえばその言葉を言われたのは今日で何度目だったか。ぼんやり思い出してみるが曖昧になってしまったので諦める。たくさん祝われた。俺が生まれてきた日だから。べつに俺が意図して生まれてきたわけでも何か頑張ったわけでもないのに。むしろ祝うなら俺の母親なのではなかろうか。よく分からない。とりあえず礼を言ってからチョコを受け取った。

「甘い」
「チョコだもんそりゃあ甘いよ赤ちん」
「…そうだな」

甘いものを食べるのは久し振りだ。何かしら機会が無ければ食べることはほとんど無いから。たいてい部のやつらか名前が食べようと言ったら食べる。きっとここを卒業し遠くへ行けば甘いものを食べる機会もめっきり減るだろう。…今の内味わっておくのも悪くはない。口の中でチョコを溶かしながら次にくる冬の自分を想像した。みな離れる。寂しい、とは思わないと。思うけれど。
何かとこれまで一緒にいることが多かった幼なじみを見る。何を必死にやっているのかと思えば。

「じゃん、出来たよミニケーキ!」

そう言って見せたのは小さいパンにポッキーを何本か差しただけのケーキとは言い難いもの。何とも言えない表情で黙る。それでも構わず名前は楽しそうに俺へと自称ミニケーキを見せつけてくる。馬鹿だねぇ、と逆に感心している紫原に同意しつつそれに刺さっているポッキーを一本だけ抜いた。それを食べる。やはり甘い。食べた食べたと喜ぶ名前に少しだけ笑みを浮かべる。

「あっ、名前ちんってば俺のお菓子全部使い切ったの」
「お菓子は名前が美味しくいただきました!」
「ちょっと〜………、まあいいや俺食堂行ってくるから〜」

いいのか、とまたしても突っ込みつつ。のそのそと食堂へ向かう紫原の後ろ姿を見た。今思うと紫原は何だかんだと名前に対して怒ることはあまり無いような気がする。やはり自分より子供っぽい人間には自然と寛容さが芽生えてくるのかもしれない。そうなると名前は相当子供ということになるな。可哀想に。地道にパンに突き刺さるポッキーを消費する。ちらりと名前に目をやると合う。にやりと妙な笑みを向けられ目を細めた。

「誕生日は生まれてきたことを祝う日でもあるけど、この日まで無事に生きてこれたことを祝う日でもあるんだよ征くん」
「……そう」

何だか心を読まれたような感じがして。

「十年後も私が祝ってあげるからね」

無性に突き刺さった。

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