「赤司!数学のノートみせて!」

一時間目が終わるや否や俺のもとへやってきた幼なじみ。またか。またなのか。確か昨日もノートを見せてやったような気もする。いい加減しっかりしてほしい。そう言ったところでどうにかなる事でもない。そんなことは、もう痛いほど知っている。だからもう気にしないことにした。無言で名前の頭をノートでばしんと叩いてやってから手渡す。ありがとう征くん、と久し振りに言われたその呼び名に驚きつつ、その後ろ姿を見送った。なんだったんだいきなり。

「あっ、赤司っち!」

騒がしい名前が去り一息つく間もなく負けず劣らず騒がしい声が耳に入った。その独特の呼び方にもう声の主は分かり切っている。顔をあげると、やはり眩しいまでの金髪が目についた。黄瀬は普段より明るい表情で居た。席に座ったままの姿勢で見上げるのはやや疲れる。そう思いながら用を尋ねる。

「どうかしたのか」
「もう、何言ってるんスか!今日は赤司っちの誕生日でしょ?お祝いに来たんスよ」
「ああ…」

別にそんなことしなくても良いのに、とは言わないけれど。にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべながらポケットの中を漁る。その仕草をじっと見つめて。何故他人の誕生日をそこまで祝おうと思うのかと考えた。俺は祝われるほどのことをこいつにしてやれたことがあったか。そんなことを考えるだけ無駄なのかもしれない。果てのない思いを打ち切らせるように黄瀬の声が鼓膜に響いた。

「はい、これ!ハッピーバースデー!」
「…ありが」

とう、と続くはずだった言葉を思わず詰まらせる。それは黄瀬に手渡されたもののせい。俺の手の中にあるのは、到底男の誕生日に渡すプレゼントとは思えないもので。
可愛らしい林檎で飾られたヘアピン。一言で説明するならまさにそれである。この男は俺に喧嘩を売っているのかと思った。

「…ヘアピンか」
「そうっスよ、可愛いでしょ!」

赤司っちに似合うと思って。にこにこ。そんな取り繕った笑顔を浮かべたところで俺の目が誤魔化せると思われているなら心外だ。黄瀬は内心焦っている。そう見抜き、その焦りを更に促進させるであろう言葉を紡いだ。

「ファンから貰ったものなんだろう?」

黄瀬は朝にみた青峰と同等の面白い顔を見せた。なんとも、分かりやすい。口元に弧を描いて目を合わせれば、もう言い訳はできないと悟ったのか。

「ち、違うんスよ!ちゃんとポケットに入れてきたはず、だったんス…けど」
「ほう」
「どこかに置いてきたみたいで、その…本当に申し訳ないっス」

しゅん、と獣の耳が垂れるのをみた気がする。まあ、別にもとより期待などしていなかったしそこまで落ち込む必要も無いのではないかと思う。気にするなと言う俺に黄瀬は罰が悪そうに頷く。そんなもの朝に貰った青峰のプリントと比べれば幾分こちらのほうがマシだ。それを言おうかと思ってやめる。可愛らしいヘアピンを貰って喜んでいたと言い触らされてはたまったものじゃない。
ちなみに、最初に用意していたプレゼントとは何だったのか。黄瀬に尋ねると清々しいまでの笑顔で返答する。

「可愛いヘアゴムっスよ!」

なぜそこまで髪に関するものに執着するのか。どちらにせよ変わりがあまり無かったようにも感じる。
微妙な顔をする俺に少し困惑したらしい。黄瀬はそのヘアピンを手に取り、俺の前髪をそれでとめた。何がしたいのかと同じく困惑する俺に、黄瀬は逃げるように言い放っていった。

「ほら!赤司っちって前髪邪魔そうっスから!じゃあ!」

ばっと身を翻し、颯爽と教室を出て行く。祝いに来たと確かに彼は言ったはずだったがそれらしいことはひとつも無かった。いや、ひとつあげるとすればハッピーバースデーの言葉か。
よく何がしたかったのか分からなかった。しかしあの言葉を告げるためにわざわざ俺のところまでやってきたというなら少しは感謝する点もある、かもしれない。祝われて、感謝の言葉を述べる。その行為に意味はあるのかと言ったら、無いと思う。ただし、断言はできない。

「赤司!ノートありがとう、って何!その前髪!かわいい!」

そう言われて、前髪に林檎がついていることを思い出した。黄瀬につけられたヘアピンを外すと名前の残念そうな声が飛んでくる。うるさいやつだ。
そういえば呼び方が苗字呼びに戻っていた。だからどうという話でもないけれど。

しかしこのヘアピンはファンから貰ったものらしいが、どうしたら良いのだろう。迷いに迷った後、行き場がないのでとりあえず名前の頭にばちんと付けてやることにした。
「いたい、何!」
「…幼稚園児みたいだ」
「やーだーよー!」

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