今はただ
※ガラス番外編 草原にある小屋にいたころの話



どん!と強く背中を壁に寄りかからせた。衝撃で走った痛みなど気にもならないくらい、オレは動揺していたんだ。何故、何故、口から溢れるのは疑問詞ばかりでまともに口が回らない。

ハルトが午睡したのを見届けて、オレはなまえの部屋とやってきていた。あいつは昔からハルトと同じように身体が弱いから、オレが見ていてあげなきゃいけない、そういった衝迫に突き動かされていたのかもしれない。いや、そのじつ、そうだったのだ。ほんのちょっと目を放しただけでどこか、オレの辿りつけないような場所へ行ってしまう、そんな危うさを常に感じていた。だから、オレは、なまえがどこかへ消えてしまわないように……なのに、なのにどうして。


「どこへ、何処へ消えたんだ……!」


ベッドはもぬけの殻、部屋には誰もいない。部屋で待っていろと、常日頃言っているのに、あいつは。深呼吸をして心を落ち着かせながら、なまえがどこへ行ってしまったのかと思索する。ここには広大な草原と、小さな川が流れる森だけだ。なまえは森の空気を吸いながら眠ることが好きだから、恐らく森だろうということはすぐにわかる。探しに行こうか、……ああでも、もしなまえが帰ってきたら入れ違いになってしまうかもしれない、けれど。気持ちだけが先走りして、どうにも落ち着かず考えもまとまらないな。……………、後を思えばここで待っていればいい。しかし、もし、もしなまえが発作でもおこしてしまったら………そう思うとやはり探しに行ったほうがいいはずだ。


「……全く」


やっと落ち着きを取り戻したオレは、ハルトが起きても大丈夫なように書き置きを残して外へと出た。暖かな陽射しがオレを照らし、眩しさに少し目を細める。目の上に手を翳して辺りを見渡した。………、とりあえず、森へ向かうべきか。そう思ったときだ、森の方向から一つの小さな影がこちらに近づいてくるのが見えた。その影は段々と見知った姿へと、……………………。


「………、なまえ」
「!……カイト。………あれ、なんか怒って…るよね…」


やっとオレに気づいたらしいなまえは少し疲れた様子で小さくだが息を切らして肩を上下させている。それに気づかないオレではなく、ぐっと顔を顰めた。オレに怒られる、と理解しているのか怯えたように白いワンピースの裾をぎゅっと掴むなまえ。……?ワンピースの白い生地が、ほんの少し土で汚れているのを見つけた。よく見れば、なまえの手の甲に引っかき傷がついているのも確認できる。


「……、説教の前に何をしていたのか説明してもらおうか」
「あ、え、えと」
「オレを騙し通せるわけないだろう」
「………子熊が」
「子熊?」


そういえば、確かにあの森には何頭か大人しい気質の熊が住んでいたはずだ。オレやハルトも何度か見かけている。最近母熊が川で遊ぶ子熊を見守っているのを見たこともある。恐らくその子熊のことだろうが、一体どうしたというんだ。


「窓から外見てたら、子熊が森から出てきてて…お母さんがいないみたいだったから迷子かな、と……」
「それで、森まで送ってきた、と?……だがオレに頼むか、一言言うかくらい」
「ご、ごめんなさい、私………」
「手も傷ついて…。もし一人の時に発作でも起きたらどうするんだ!ただでさえ身体が弱いんだ、少しは後のことを考えて行動しろ!!」
「……、ごめんなさい」


本当に反省しているらしい、なまえは肩を震わせ涙を堪えるように俯いていた。…少し怒鳴りすぎたかもしれない。身体が弱いのも、こいつのせいでは、ないのに、オレは………。いや、甘やかすのはよくない。だが、なまえも子熊のことを考えよかれと思ってやったことだ。悪いことをしたわけではないのだが、もしものことを予測して行動すべきだ。これを機にもう少し慎重な性格になってほしいものだな。


「すまない、言い過ぎた。さあ、部屋に戻って着替えたほうがいい」
「うん……、ごめんねカイト」
「もう謝るな、オレも悪かった」
「……ありがとう」




0610
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