ユーリと鬼ごっこ



子供のころ、誰しもが一度は鬼ごっこで遊んだことがあるだろう。屋外の遊びとしては一番ポピュラーで、オニが子に触れればオニが交代し、またオニが子に触れれば、という時間のハウスルールでもなければ実質永遠に続く追いかけっこ。基本的にはオニ1人に対して子が複数いるもので、場合によってはオニが誰かわからない時もある。
今私がしている『鬼ごっこ』は、このどのルールにも当てはまらなかった。オニは1人で子も1人、子がオニに捕まってもオニが交代することはなく永遠にオニの手の中に居ざるを得なくなる。そして、オニが誰なのかは、ハッキリしている。

「っ…はー…」

軟禁されていた部屋から何とか逃げ出して、30分。アイツが部屋に入ってきたと同時に横をすり抜けて全力で走ったから、かなりの体力を消費してしまった。いやでも、鈍間な私が30分間も走り続けられただけでも、本当なら表彰ものな気がする。そんな現実逃避めいたことを考えながら、身体は息を整えようと必死に肩を上下させていた。

「う…ここ、どこ……」

少し頭を冷静にさせて、辺りを見回す。無我夢中で走ってきたから、此処が一体どこなのかわからない。少し顔をあげれば、近くにある部屋の扉に『資料室』と書かれた札。『関係者以外立入禁止』とあるから人が来る可能性も少ないし、ここだったら暫くは身が隠せるかもしれない。今はとにかく、少しでも身体を休めなければ。あまり音をたてないように扉を開け、真っ暗な部屋の中を進んでいく。埃っぽくて良い場所じゃないけれど、仕方ない。立ち並ぶ本棚の奥に、そっと座りこんで、膝を抱える。…………。


*


とんとん、とんとん。優しく肩を叩かれる感覚に、ゆっくりと意識が覚醒する。……わ、たし、何を、していたんだっけ。…………!

「やあ、お目覚め?」
「っ…ゆー、り……」
「全く…焦ったよ、突然逃げ出すんだから。油断していた僕も僕だけどね」

ああ、でも良かった。無事君を見つけることができて。
口元はチェシャ猫のように三日月の笑みを浮かべているけれど、瞳は詰るように、何故逃げたと私に問いかけてくる。何故、だなんて、そんなの。あの部屋にずっといるのが嫌だったからに決まっていて。そもそも、私があの部屋に閉じ込められている理由もわからなくて。
何を言えばいいのかと言いあぐねていると、ふと、ユーリの額に汗が滲んでいるのに気づく。あれ、おかしい。だってユーリは、汗をかいたり、服や身体を汚すのを嫌う人だ。それにこの建物の中は基本的に涼しげで、私みたいに走り回ってない限り、汗をかくことなんて滅多にない、と思うんだけど。

「さ、早く帰るよ」
「……」
「なまえ?」
「……ユーリ、走った?」

私の手をとって立ち上がろうとしたユーリが、ピタリと動きを止めた。そして何か思案するように、少しの沈黙。

「……はあ、僕を走らすことのできる人間なんて、君くらいだよ」
「ユーリ」
「走ったよ。だって君が突然走って僕から逃げていくんだから。……もういい?鬼ごっこはこれでおしまい。何度逃げたって、絶対僕が君を捕まえるから」
「それじゃあ、ユーリはオニのままだね」

これはもう逃げられないから、大人しく従うしか無い。そう悟った私は、おどけたように呟く。ユーリはほんの少しムッとした表情で、それでも余裕を見せたがるように微笑んだ。

「君がオニになって僕を捕まえてくれるなら、願ったり叶ったりだけど」
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