前戯フラストレーション

「…クソッ!」


苛立ちを隠せないまま、衝動に任せてベクターは近くにあった椅子を蹴り倒す。
ここは人間世界で彼が拠点にしているマンションという仮の住まい。
バリアン世界に戻らず此処で過ごすのは、彼が九十九遊馬を陥れるために、同じバリアンの戦士すらも騙すためだ。
始めの方こそ、真月零という偽りのキャラクターに騙される遊馬に愉悦を感じていたが、ここ最近はどうにも苛立ちばかりが募る。原因は分かりきっている、例え其れが認めたくない事柄であってもだ。
ほら、そんな事を考えている間にも、その原因がやってきた。


「何荒れてるのベクター」


現れたのはどこか浮世離れした雰囲気を醸し出す少女の姿をしたバリアン、なまえだった。
彼女はベクターと共に人間世界へとやってきた、いや、連れて来られた。ベクター1人では補うことが難しい部分を、彼女はサポートしている。
つまりは彼女も、九十九遊馬を陥れるために一役買っているというわけだ。
問題は、そこにあった。


「あァ?それをなまえちゃんが言いますかァ?」
「……、私何かしたっけ」


した、そう言いたいところだが、彼女は何もミスなどしていない。むしろ順調に目的を果たすために働いてくれている。
問題は、ターゲットの九十九遊馬のほうだ。
遊馬は真月のこともなまえのことも、何も疑わずに信じてくれている。それは良いのだが、最近彼となまえの距離がやけに近い、近すぎる。そうベクターは感じていた。
遊馬を陥れるためとはいえ、腹立たしいことこの上ない。何故愉しむための行為に苛つかなければならないんだ。


「…まあいいけど。それより、私今度の日曜日出かけるね」
「出かける?何処に」
「カードショップ。遊馬と2人で……ああ、でも、アストラルもいるから3人?」
「は?」


……今こいつは何と言った。遊馬と出かける、そう言ったのか?
ただでさえ怒りで歪められていた顔が、余計に歪さを増す。


「何動揺してるの」
「してねェよ。……チッ」
「遊馬と仲良くしておけって言ったのベクターでしょ。まあ、適当にやるから」


何とでもないというようになまえはするりとベクターの横を抜け、倒れた椅子を元に戻す。
そしてそのまま椅子に座り、膝を抱えながらベクターを見つめた。
まるで何かを待っているかのように、無言のままじいっと見つめられベクターは少々たじろぐ。


「…なんだよ」
「別に?いつもなら、何か遊ぶ内容を指示してくるのになぁと思っただけ」
「あァ……そういえば、そうだな」
「たまには私が考えて遊ぶのも良いし、しなくても平気なんだけど」
「……」


どうやって遊馬で遊ぶか、今から楽しみ。
そうニンマリと笑うなまえに、先程まで感じていた苛立ちが少し、ほんの少しだが和らぐ。
そうだ、何も心配することも苛立つ必要もないはずなんだ。
遊馬が何を思おうが、なまえは相手にしない。何故ならなまえにとって遊馬は、ベクターと同じで遊びの対象なのだから。
そう分かっていても、この苛立ちは暫く止みそうにはなかった。


「精々アストラルに感付かれないようにしろよ愚図」
「苛々してたまに悪い顔見せちゃってるベクターに言われたくない」
「それでもなまえちゃんよりは切り抜け方上手いと思いますよっ!」


真月零の顔でニッコリと笑ってやると、なまえは苦虫を噛み潰したような表情で気持ち悪いと切り捨てた。


「真月の笑顔ってホント気持ち悪い」
「気持ち悪いはねェだろ。人の良さそうな可愛い顔してるってのに」
「中身がベクターなこと知ってるから気持ち悪いだけ。あ、そうだ、アストラルは少し真月が普通じゃないこと気づいてるみたいだから、そのことも確認してくるね」
「確認?どうやってだよ」


打って変わって、今度はなまえがニッコリと笑う。
ああ、なんだかこれは良くない気がする。計画が悪い方向に向かうとか、そういうのではなく。何と言うかこう、遊馬となまえのことに関してだ。
こういう勘だけは嫌なくらいあたるため、ベクターは表情を歪めた。


「もういっその事、アストラルが見えることをバラしちゃおうと思って」
「…理由は」
「まあ遊馬の場合だと、単純だからアストラルが見えるってだけでもっと仲良くなれそう…ってのはオマケね。
アストラルの場合は、疑惑の目を私に向かせるため。まあ信頼してくれたら1番良いけど、それは絶対にないからね。
真月零は遊馬の親友、せっかく作ったそれをアストラルにどうにかされたくない」


馬鹿、オマケの方が問題だ。そう声に出してやりたかったが口の中に留めておく。
後者はいい、最初からなまえの役割はベクターをサポートすることであって、彼女自身が遊馬やアストラルたちの信頼を得る必要はない。
なまえとしては当然、ベクターの計画を順調に進めるために考えているのだろうが、彼としては前者は何かと不都合だ。
しかしなまえの態度を見る限り、やめろと言っても決して従わないだろう。これ以上、遊馬と距離を近しくしてほしくないというベクターの気持ちなど彼女は知る由もないのだから。


「アストラルと遊ぶのも楽しそう、だから絶対邪魔しないでね」
「……下手なことしたらわかってだろうなァ」
「しないよ、そんなこと」


来るべき日曜日が楽しみでしょうがない。
ベクターの不満気な様子など意にも介さず、なまえはまたニンマリと笑った。



----------
150502

鳩様へ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -