解れた糸が向かうのは
※「オダマキは忘れない」(Gift)の続き


ギリギリと音が聞こえそうなほど掴み上げられた手首は、既に肌を赤くさせていた。
始めは感じていた痛みももう麻痺し、少し痙攣を起こし始めている。
これは時間が経ったら腫れてしまうだろうなと、私を睨みつけてくる黒咲を見つめながらぼんやり考えた。

LDS内に用意された私の個室。
そこで待機を命じられ、大人しく静かな時間を送っていた。
それを破ったのは、ノックもなしに部屋に侵入してきたのはエクシーズ次元の決闘者、黒咲隼だった。
黒咲はイラつきを隠せない様子でズカズカと大股で私に近づいて、ソファに座り込んでいた私の手を掴み無理矢理立ち上がらせた。
そこで冒頭へとつながるわけである。

暫くの沈黙。
人の手首を負傷させておいて何も言わない黒咲に、そろそろ此方も我慢の限界だった。彼の手を振り払えるほど私には力がないので、彼の意識が私から少し逸れた瞬間、足を大きく振りかぶる。
それを避けようとした彼は後退するが、私の手を離すことはなかったので、私までそちらに引っ張られてしまった。私から行動を起こしたとはいえ、まさか手を離さないとは思わなかったので、そのまま前方へと倒れこむ。
床にぶつかる!そう思ってぎゅっと目を瞑ったが、感じたのは痛みではなく、少しパリっとした布の感触と温かい体温だった。


「え…」


痛みがこないことを不思議に思って瞼を恐る恐るあげると、視界は黒に塗りつぶされている。正確には、黒咲の着ているコートが目の前にあったのだ。
視線を上に持って行くと、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにしている黒咲の顔。
一体、どういうことだろう。訳が分からず間の抜けた表情をしていたが、ふと気づく。
不可抗力とはいえ、私は黒咲の身体の上に倒れこんでいるわけで、しかも彼の身体を跨ぐような形でだ。……とても良くない構図だと思う。
急いで退こうとしたが、私の手はまだ彼に捕まったままですぐに引き戻され、再び彼の身体に倒れこむ。


「何なのもう…!」
「貴様は何故、アカデミアにいる」
「はぁ?」


漸く口を開いたかと思えば、こいつは何を言っているんだ。
私がアカデミアにいる理由?そんなの、私が融合次元の決闘者だから、それ以外の理由なんてないし必要もない。
どうしてそんなことを聞くんだろうか。理由はどうあれ私は彼の故郷を破壊した一員、先日を憎々しげに私を見ていたのに、今更それを聞いたところで……。


「同じ、なんだ」
「……何が?」
「貴様の顔と、名前……昔会った人間と」


黒咲が、昔会った人間?でもそれは、エクシーズ次元の人間であって、私は融合次元の人間だ。
私が次元を渡ったのは今回初めてだし、黒咲みたいな人間に会ったら忘れるはずがない。だから、それは私ではないし、私であるはずもない。
私であっては、いけない。


「…知らない。それよりさっさと手、離してくれない。この体制かなりきついんだけど」
「……本当に、何も覚えてないのか」
「覚えてないんじゃなくて、それは私じゃな…っ」


ふっと、手首に感じていた圧迫感がなくなり、代わりに、黒咲の細い割にしっかりとした腕が背中に回される。がっしりと抱きしめられて、彼の腕の中からは抜け出せそうにもない。
ただでさえ身体は疲労して節々が痛いというのに、これ以上暴れると悪化しそうだ。大人しく彼に身体を預けると、余計に腕の力が強まった気がする。
…なんだろうか、身体も痛いけど、何故か心臓のあたりまでズキズキとして、鼓動が早まっている。
異性と密着している程度で動揺はしない、私は黒咲に何かされたんだろうか。


「なまえ」


熱情的な声が上から振りかかる。黒咲に名前を呼ばれたのは初めてのはずなのに、何故か、とても落ち着く。
ほとんど放心状態でそのまま固まっていると、再びノックもなしに部屋が開いた。


「……ほう、これは。中々面白い」
「赤馬零児……!」
「……」
「黒咲、彼女は今後君の大切なパートナーだ。無暗な行動は控えてもらおう」


中指でメガネを押し上げた赤馬零児は、黒咲にそう言い放つと机の上に紙袋を置く。
どうやら、私の着替えやLDSのバッジなど今後必要なものが入っているらしい。
不敵な笑みを浮かべる彼は、先程まで私が座っていた椅子に足を組んで座った。


「そろそろ離してやったらどうだ。このまま君たちが床に倒れこんでいるのを観察するのも良いが、時間が惜しい」
「…離して」
「……チッ」


ようやく黒咲と身体が離れる。
少しフラつきながらゆっくりと立ち上がり、机に寄りかかるように手をつく。
するとその手は、すぐに赤馬零児にとられ、今度は彼に寄りかかる形となってしまった。黒咲よりも少し低い体温に、少し身体が震える。
後ろで黒咲の唸る声が聞こえたが、それに構う余裕もない。


「…貴方も離してくれない?」
「そんなフラついた状態の君をか?」
「……貴方がその椅子から退けば私は座れるんだけど」


多分、座らせないために、彼は先に座ったんだろう。本当に嫌な性格をしていると思う。


「まあ、このまま聞いてもらおう。君にはすぐ仕事がある」
「なに…?」
「黒咲はMCSに参加し、アカデミアへと向かう精鋭部隊、ランサーズの候補者を探してもらう。なまえ、君の仕事はそれを手伝うことだ」
「アカデミアへ…?……まさかとは思うけど」
「君も、ランサーズ入りをしてもらう予定だが」


さも当然、というように言い放つ赤馬零児に思わず表情を歪める。
確かに、私は既にアカデミアを裏切ってしまった身。このまま普通にスタンダードで生きたとしても必ずアカデミアの追手がやってくる。戦う以外に道はないかもしれない。
だけど、それにしても、アカデミアへと乗り込むランサーズとやらに私を入れるなんて、一体何を考えているんだ。


「黒咲もいるのだから、当然だろう」
「……でも」
「心配しなくても、なまえ、君をアカデミアへと渡す予定もなければ傷つけさせる予定もない」
「オレが守る。傷なんてつくはずがないだろう」


暫く沈黙していた黒咲が、私の腕をひいて赤馬零児から離れさせた。
激しい苛立ちを感じさせる声音は、赤馬零児に対しての怒りのようだ。
……黒咲が、私を守る?その言葉の意味が私には理解できず、ピタリと思考回路が止まってしまった。だって、本当に、意味がわからない。


「そうか。……さて、私は次の仕事がある。お暇させていただくとしよう」
「さっさと行け」
「……黒咲も出てって」
「……」
「出てって」


男2人を部屋の外に追いやって、フラつきながら椅子ではなく床に座り込む。
椅子まで歩く気力すら、今の私にはなかった。状況の整理はできたつもりだったが、まだ心が納得できていなかったらしい。
アカデミアを裏切ってしまって、私には今帰る場所はない。行く宛もない。
つまり、私が今存在できるのは、このLDS……赤馬零児の下だけ。そしてその赤馬零児に与えられたのは、黒咲のパートナーとしてランサーズの候補者を探すこと。
黒咲の、パートナー…。


「……」


黒咲、隼。
声には出さず、口の中で名前を呼ぶ。
隼、と名前だけで読んでみると、また心臓のあたりがズキズキと痛み出した。




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150502
さつき様
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