過去の君を手折った
既に何人かを貫いた切っ先が、少女の喉元に向けられる。今だ生暖かく、深紅の液体が切っ先から少女の衣服へと滴り落ちじわじわと汚していくが、少女はそれすらも気にせずにその切っ先を向ける人物を見つめた。その瞳には怯えや恐怖などといった負の感情は見えず、ただただ無機質な玻璃。目の前の人物に対しても、微塵の興味もないようだった。

少女に刃の切っ先を向けている男は笑う。お前、面白い奴だなぁ?暇つぶしにはちょうどいい、付いて来い。少女は首を傾げたが、すぐに頷く。男は面白い玩具を見つけたと子供のように喜んだ。


「………あ?」


そこでふと目が覚める。何度か瞬きをし、ベクターは現状を察した。真月零として生活している内にかなり人間の文化に染まりつつあったらしい、まさか授業中に居眠りしてしまうとは。見渡せば遊馬も眠ってしまっているが、遊馬と一緒だという事実に少々の苛つきを覚えた。それにしても、今の夢はなんだったのだろうかと思考を巡らす。内容はあまり覚えてはいないが、少女の姿だけはくっきりと覚えている。あの姿……ここ最近で見かけたことのあるような、気のせいだろうか。

ふと、窓から校舎の外を眺めた。校庭と、体育館の一部分………その影に、何人かの影が見える。目を凝らしてみると、男子生徒が女生徒(顔は見えないが服装からして女生徒だろう)に迫っているようだった。カツアゲか、はたまた肉体関係でも繋げようとしているのか、ベクターにはどうでもいいことだった。その女生徒の顔を見るまでは。


「…!」


男子生徒が女生徒の腕を引っ張って、見えなかった女生徒の顔を晒していく。頭にあったモヤモヤとした何かがスーッと消えていくのがわかった。そうだ、あの女だ。夢のなかに現れた少女と、髪の色や瞳の色こそ違えど顔は全く同じだった。自分でも無意識に、席を立ち上がる。


「し、真月くん?どうかしましたか」
「…あ、ぼ、僕、ちょっと具合悪いので保健室へ行ってきます!」
「え?ちょ、真月くん!」


向かうは先程見ていた場所、確かそう、階段を降りればすぐのはず。よくわからないが、焦燥感に掻き立てられ、走るスピードも加速していく。もうすぐだ、もうすぐであの少女のもとへ。


「おい!なんとか言ったらどうなんだよ、いつもいつも生意気な口聞きやがって」
「…………」
「…チッ、つまんねぇ奴だな」
「……わざわざ授業中に呼び出したかと思えば、用事はこれだけですか?なら失礼しますが」
「なんだとっ」


激昂した男子生徒が、女生徒の胸ぐらをつかむ。ようやく見えた女生徒の表情は、何を考えているのか読み取れない、無表情だ。夢と、同じ。刃の切っ先を向けられても一切動じなかったあの少女。人間とは違う、心の臓が軋んだような気がした。それに触れないでくれ、心の片隅で悲鳴が上がる。


「……みょうじさん?」
「!………転校生の」
「く…おい!今度オレの言うこと逆らったら容赦しねぇからな!」


モブの悪役の捨て台詞を吐きながら男子生徒は逃げるように走っていった。どうやら、一部の人間に対してのみ気の強い根っからの雑魚のようだ。

女生徒…そう、確かみょうじという苗字の隣のクラスの人間だったはず。名前はなんだっただろうか。そのみょうじも、転校生の真月としてベクターのことを知っているようだった。


「えっと、その、大丈夫ですか?」
「…うん、ありがとう。でも貴方授業中でしょ、どうしてここに居るの」
「そ、それは………」


お前も同じだろ、という言葉は押し留めて素直に窓から二人の姿が見えたからと告げる。途端、余計怪訝そうな表情をされた…と思う。あまり表情に変化が見受けられないが、何故かそんな表情をしたと感じ取れた。本当に、なんだというのだろう。


「……とりあえず、来てくれてありがとう。それじゃ」
「え、あ、ちょ…」
「貴方に関わらない方が良いって、何かが言ってる。だからさよなら」
「ま、待ってくださいよ!」


確かに何かしたわけではないが、助けてもらっておいてそこまで素っ気ない態度。ああ、確かにさっきの男子生徒が言っていた「生意気」は理解できる。苛ついた表情を表に出さないようにすることに精一杯だ。しかし不思議と、みょうじを嫌悪する感情は湧いて来なかった。


「なんでついてくるの、早く教室戻ったら?」
「せっかくですからお友達になりましょうよ!」
「嫌、あっち行って」
「そんなこと言わずに!ねえなまえさんってばぁ!」






「いい加減にその減らず口、どうにかしたらどうだ?我の気分次第でその首が飛ぶことは覚悟の次第だろうな」
「勿論ですよ王子。でも拾ったペットの面倒ぐらい最期まで見てくださいよ、王子でしょ」
「く、ヒヒッ。これだからお前は殺せない、お前だけは傍にいろよなまえ」




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