来てくれたのね

何時のことだっただろうか、人間界に降り立った私はとある人間を見つけた。大して目立つものもない、普通の一軒家という籠の中。そこにいたのは、日の光を知らないような白い肌、さらさらと流れる黒曜石のように艶やかな髪、ビスクドールと見間違えそうな、美しい少女だった。私は一目でその少女に惹かれていた。それからほぼ毎日、ドルべたちの目を盗み私は彼女、なまえのもとを訪れた。いつも窓際に座って、開け放った窓から外を見つめ何をするでもなくぼーっとそこで一日を過ごす。それが彼女の日常で、最初は何をしているのかと不審に思っていた。が、ある時知ったのだ。なまえは盲目だという事実を。ああ、なるほど、いつも何処か遠くを見ていると思えば、その瞳は何も映すことはできないのか。ほんの少し、悔やまれる。私を、その綺麗な水晶に映してくれることはないのか、と。


「……今日もか」


母親らしい女に連れられたなまえはいつも通り過ごすらしい。窓際の椅子に腰掛け、まるで自然と一体となるかのようにただそこにいるだけ。毎日毎日、退屈ではないのだろうか。彼女の考える事はわからない、当然か、話したことがないどころか会ったこともない。私が一方的になまえを観察しているだけで、彼女は私のことなど知りもしい。……。もし私に出会ったら、なまえはどんな反応を示してくれるだろうか。興味が湧いた。母親らしい女が消え、なまえだけになったところに姿を現す。開け放たれた窓、距離は1mほどと近い。だがなまえは盲目だ、私のことは見えない、気づくはずもない。そう思っていた、が。


「?誰か、いるの?」
「!……わかるのか」


か細いながらも、玲瓏たる響きの声、こんなに近くで聞くのは初めてだった。おお、近間で見ればはっきりとわかる。この少女は美しい、他と比べるまでもない……と言ったところで、他の人間の女などまともに見たこともない。私は人間が嫌いだ、とても愚かしい生き物だ。しかし、なまえは違う、特別なのだ。一切穢れを知らない、触れれば散ってしまいそうな儚さを持った…


「私、目が見えないから、他の感覚が人より優れてるのよ。ねえ、貴方っていつも遠くから私を見ている人?」
「ほう、そこまでわかるのか」
「やっぱり!だって、外から感じる視線なんて、この部屋はありえないわ。下からじゃこの部屋の中は見えないもの」


空に向かうよう、斜めに作られている窓。ああ、地に立って彼女を見ようとは思っていなかったから気づかなかったが、そうか。少なくとも、この部屋より高い位置からでなくてはなまえを見ることはできない。いつも少し離れたビルの屋上から見ていた私には関係のない話だ。なまえは私の声を頼りにこちらへと振り向く。瞳には、私の姿がただ反射していた。


「そうだ、貴方、お名前は?私はなまえ!」
「ミザエル、だ。…なまえ、恐れないのか」
「…?何を?」
「普通ならば、驚くのではないか。いつも自分を見ていたものがいて、接触してきた上に、ここは二階だ。人間は空を飛ぶことはできないだろう」
「あ、そういうこと。……そういえば、そうだね?」
「………」


……。なんなのだ、調子が狂う。今まで人間と接したことはなかったため、一体なまえが通常の位置にいる人間なのかはよくわからないが、私から見れば可笑しな人間だ。……しかし、悪くはないと感じる私がいるのも事実。つい口元が緩むが、なまえには見えない。こんなところはドルベや他の者に見られれば、奴らは確実に笑いものにしてくるだろうな。


「ねえ、ミザエルさん?」
「ミザエルでいい」
「そう?じゃあミザエル、お願いがあるのだけど」
「なんだ」
「たまにでいいの、私とお話してくれる?そして、貴方の見聞きしたこと、教えて欲しいの」
「私が?」


こくんと頷くなまえ。察しはつく、盲目であるなまえはこの家から出る機会はほぼない、それは今までなまえを見てきてわかっていた。だから、私に外のことを教えて欲しいと言うのだろう。……何故私なのだろうか、人間には家族というものがいるのだろう、その者たちに聞けばいいことだ。それを問えば、表情に少し陰りを見せてミナミは眉を下げた。


「…ミザエルの話が聞いてみたいの」
「何故」
「………私、家族以外と話す機会ないから。今だって、とても嬉しいのよ。だから、貴方のこと怖がるよりも前に、他の誰かと話せたことが嬉しいって思うの」
「…そう、か。わかった、私でよければ」
「本当!?ありがとう…!」


不思議な感覚だ、胸のあたりが温かくなる。これがなまえの言う、嬉しい、という気持ちなのだろうか。ああ、一体何だと言うんだ本当に、何故頷いてしまったのか。私の見聞きしたことなど、ほとんどなまえに教えるわけにいかないもので、それはつまり、人間の生活に紛れなければなまえに話す事柄も………だが、これも、なまえのため。私は人間が嫌いだが、この少女になら笑って尽くしてやれる。「約束よ、ほら!」小指を立てて手を差し出すなまえに、私は人間の真似事をして小指を絡めた。




0617
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