雄英が襲撃されたと聞いた。私にはヒーロー科の知り合いがいる訳ではないけれど、なんだかそわそわする。
そのそわそわの正体は分からない。
抜き打ちで行われたテストの点数は最悪だった。実験でも薬品をこぼす失態を冒し、薬品をクラスメイトの男の子にかけてしまった。
授業が終わった後に「さっきは本当にごめんね、」と謝ったのだが彼は無表情を貫いて別に、と答える。なにかお詫びをしたいという旨を告げれば今度かわりに課題やってよと言い残して彼はどこかへ言ってしまった。
「変なの、」
「なまえどしたの?」
「うん、なんかよくわからないけど課題やらされるっぽい。」
「うわぁドンマイ。…噂で聞いたんだけどさ。あの子の個性、ちょっとやばいらしくて。あんまり話しかけない方がいいよ、」
「どうやばいの?」
「人のこと操って夜な夜な悪事働いてるらしいよぉ???!」
うやぁ!と友達が驚かせてきたので私もきゃー!とそれにノった。まさかぁ。そんな都合のいい個性ある訳ないや、と心の中で一掃して、その後は友達と昨日のテレビの話で盛り上がった。
学校の最寄りでいつものように友達と別れれば、私はイヤホンを耳に差し込んで音楽を流し込む。
ここのところツイてない。そんな日はいつもこうやってハードなロックミュージックで気を紛らわす。
世界平和だとか、他人の失恋だとかを語るそれは私にとってあまりにどうでもよくて、聴いていると空っぽになれるのだ。
だけどそんな空っぽの頭に風邪が吹き抜けた。一瞬音がやんで、私の目線は、気だるそうにベンチに座るその人を掴む。
「…シガラキ、さん?」
「チッ」
「今日も絶好調に無愛想ですね!」
「………うるっさ。」
駅のホームにあるベンチに猫背気味に座るシガラキさん。久々にみたその姿はほとんど変わっていなかったけれど、今日はユルユルの袖口から包帯を巻いているのが見えた。
「怪我、してるんですか?」
「あんたには関係ない。」
「シガラキさん、そんなに怖い顔してるから幸せ逃げちゃってるんですよ!」
「…考えが幼稚すぎんだろ。ガキかよ、いやガキか。」
「シガラキさんとそこまで変わらないと思いますけどねぇ」
シガラキさんは相変わらずフードを深めにかぶっている。その姿はあまりにも不審者なので思わずクスリ、と笑ってしまった。が、それが気に入らなかったらしく睨まれる。シガラキさん、眼力やばすぎるよ。
「…アンタは幸せか?」
「え?」
「いつも馬鹿の一つ覚えみたいにヘラヘラ笑ってるアンタはその理論でいけば幸せなんだろ、どうなんだよ。」
「うーん、最近は少し良くないことが続いていて、落ち込んだりはしてたんですけどね、」
「やっぱ不幸なんじゃねぇか」
「それは違いますよ!私結構幸せなんです。」
「何言ってんの。」
「だって…」
ふと、何を言おうとしていたのか分からなくなって私は思わず口を噤んだ。誤魔化すように大袈裟に笑えばシガラキさんは顔をしかめて、やっぱガキは話が通じねぇ、疲れる、とかぶつぶつ言いながらただこちらを見ている。
「だいたい笑わなくてもあんたが幸せにしてくれる約束だろ。まだ道端で100円拾ってねぇぞ。」
「100円…あ、最初にあった時の!」
「自分で言っといて忘れんなよ。」
こっちは幸せだったことなんか1度もねぇんだ、とものすごく微かにつぶやくその声を私は聞き漏らさなかった。それまで薄気味悪い笑みを貼り付けていたけれど、それとはまたちょっと違う影のある表情を浮かべている。
私はなんだか苦しくなって、気がついた時には「私がシガラキさんを幸せにしますから!」と口にしていた。
まって、良く考えればすっごく恥ずかしいことを言った気がする。シガラキさんは半信半疑みたいな様子で鼻で笑っていたけど案外悪そうではなくて。
さっきまで続いていた私の不幸カウントがストン、と止まったような気がした。
あれ、もしかして今私幸せ感じてるの?
ふと意識をすればシガラキさんと目が合って、私は慌てて逸らした。なんだこれ。
私はまだこの感情を知らなくて、だからこれが何なのかなんてわからなかった。その感情を抱いてしまったことが果たして幸せなことなのか、不幸なことなのか、そんなのも勿論分からない。
唯一わかったのは、この世の中は分からないことだらけだということ。