「あのう、ここはどこですかね。」
「心配しなくていいですよ。お時間になりましたらちゃんと送り届けますから。」
「親に連絡したいんで、とりあえずどこか教えていただけませ…」
「知らないままの方が良いこともあるんですよ、お嬢さん。」
言ってもいいですが、そうなったらあなたを帰すわけにはいかなくなるので、と黒いモヤは小さい声で呟いたがなまえの耳には届かなかった。
それは馬鹿でもわかること。
察しのいいほうではないなまえでさえ確信しつつある。いかにもという雰囲気のバー、怪しい風貌の店主、目の前に出された飲み物(なんだかよくわからない。)
この状況はとても危険だ。
なまえは泣きそうなのを必死にこらえた。ただいつものように学校から帰っていたら、モヤモヤした男の人に声をかけられて気がついたらここにいた。なにがなんだかまるで分からない。
「…わかりました、聞くのやめます。」
「話のわかる方ですね。」
「で、なんでしょうか?」
「ハハハ、私はね、ただ仲良くなりたいんだ。」
黒いモヤの人は目の前のオレンジジュース(本当にオレンジジュースなのかは定かでない)を飲むように促すが、あからさまに怪しい。なまえが戸惑っているとモヤがさみしげに呟いた。
「あまり客が来ないものでね。つまるところ暇なんですよ。話し相手にでもなっていただけませんか、」
「話す、だけでいいんですか、」
「ええ、」
そんなはずはない、と思いつつなまえはモヤの言葉が嘘ではないような気がした。恐る恐るオレンジジュースらしきものに口をつけるがなんの違和感も無くて、それはほんとうにただのジュースだった。
はじめは警戒をしていたが、話していくうちにその不安はなくなっていった。だからなまえも学校のことや個性のことを聞かれ、素直に知っている限りを話した。
相手がヴィランだとも気付かずに。
その後はモヤモヤに送ってもらい、最寄りの駅まで一瞬でたどり着いた。はじめは怖くてたまらなかったのにもう恐怖なんかどこかに消えていて。ジュースを飲めたうえに家まで一瞬で帰れてしまった。
最近悪いことが続いていたから、これはきっとラッキーなんだ、となまえは胸を弾ませた。
こういう非日常も、たまには悪くない、と。
「…チッ、なんでここに連れ込んだんだよ。」
「死柄木弔。顔見知りなんだから隠れなくてもいいじゃないですか。あなたがいればもっと早くに信用を獲得できたのに、」
「ガキは嫌いだ。」
「………でも、彼女を利用すれば、情報も得ることができる。それにうまくいけばほかの旨みも、」
死柄木弔にかかってますよ、という黒霧の言葉に、死柄木の反応はない。
そのかわりに画面に映る少女の姿を見て、舌打ちをした。