そこは大通りから一つ外れた裏道に構えられた小さなお店。手書きの看板には白いチョークでメニューが並べられている。普段はopenとなっているプレートは、その日に限り貸切の貼り紙がしてあった。

玉ねぎを手にとって、甘さと辛さを確かめる。うん、この品種は炒め物に合いそうなのでパスタのソースに使おう。
そんなことを考えながら、その店の店主はノートをめくり、付箋のページを開く。棚から乾燥した唐辛子を細かく刻んで、オリーブオイルで炒めれば、店中に広がる匂いでお腹が空いてくる。

カラン、と音を立ててドアが開くと賑やかな足跡が店内に響いた。

「こんちゃーっす!なまえさん、お久しぶりっす!」
「へぇ内装雰囲気いい感じなのな。」
「うわぁ、超うまそーな匂いじゃん!」

「みなさん、いらっしゃいませ!今日は遠いところありがとうございます、」

ささ、と奥のテーブルを案内する。が、赤い髪の青年がカウンターでもいいか問いかけた。

「大丈夫…ですけど、4人だとお話ししにくくないですか?」
「いや、5人で話したいしさ!今日の主役は爆豪となまえさんなんだから。」
「一丁前に変に気利かせてんじゃねぇよクソ髪」

爆豪は唇を尖らせていたけれど、嫌そうではない。高校時代からの付き合いの旧友たちには、それが照れ隠しであることが簡単に分かった。
めっきり恋愛沙汰には興味を示さなかった爆豪がこんなに上機嫌になれなんて。彼の丸い一面をここまで引き出せる目の前の彼女に、敬意を表さずにはいられない。

そもそもこの会を開催するに至った事自体、爆豪を知るものなら目を丸くして驚くだろう。きっかけは切島がお祝い会の名目で集まろうと企画したことにあり、なにかと恩を感じていた爆豪は特に反対はしなかった。

「そそ、彼女さんが料理してるとこ見れっしね」
「料理できる彼女俺もほしー、なまえちゃんの友達で誰か紹介してよ?」
「どさくさに紛れて名前で呼ぶな上鳴」
「えぇ、切島もさっき呼んでたじゃんずりぃ!」

鋭児郎さんは前からの知り合いですしね、となまえが笑えば、切島は満足そうに、「なんか悪いな!上鳴!」と上鳴の肩をぽんぽん叩いた。これで嫌味に聞こえないのは、彼の人柄故だろう。

そうこうしている間に4人の腰掛けるカウンター席に、ずらりと料理が並ぶ。決して家庭料理で出てくるようなレベルではないけれど、何処かあたたかみのある料理たちに、一同は目を輝かせた。

何を飲むかとなまえが聞けば、爆豪のお気に入りのやつあけようぜと誰かが言い出したので、ここは高額納税者たちのお言葉を鵜呑みにしてなまえは決して安くはないそのワインのコルクを勢いよく抜いた。


「よし、料理も揃ったことだし、乾杯しようぜ!ほら、なまえさんも一緒に!」
「……じゃあお言葉に甘えて!とその前に、改めまして。みょうじなまえです。爆豪…くんと、その、お付き合いさせていただいてます。」
「俺、上鳴電気!みょうじさんよろしく!」
「瀬呂範太です、お手柔らかにね。」
「うん!よろしくお願いします!」
「うっし!そしたら、爆豪となまえさんに乾杯ー!!」

ちりん、と透き通ったグラスの音が響く。喉を潤すワインが心地よい。そして空腹が刺激された4人は流れるままに料理を口に運んだ。口々に、うめぇ!と感嘆を述べる上鳴たちに、なぜだか爆豪が得意げになっていた。

「…で、みょうじさん爆豪のどこが好きなの?」
「お、瀬呂ナイス質問、聞きたいそれ!」
「えっ?!えっと、」

少し俯いたなまえの頬が次第に赤らんでいく。

「酒入りすぎだろ。…みょうじ答える必要な、」
「手、が、」
「て?」
「私、爆豪くんの手がすごく好きだなあ」

3人の視線がテーブルに載せられていた爆豪の手に向けられたものだから、爆豪はバツが悪くなって下におろして隠してしまった。

「みょうじさん手フェチ的な?」
「うーん、説明したがたいのだけど…、なんかこう、崖とかから落ちても爆豪くんなら離したりしないでちゃんと引き上げてくれる安心感みたいなのがあるなって…」

そこまで言って、なまえは急に恥ずかしくなった様子で耳を真っ赤にして、カウンターの中にしゃがみ込んで冷蔵庫を漁る。
みんながにやにやしながら爆豪を眺めると、「離すわけねーだろ、」と小さい声で爆豪は呟いた。



みんなすっかり料理を鱈腹たいらげ、空になったボトルが何本も佇んでいる。お酒もすっかり回っているようだ。
瀬呂はうつらうつらしており、上鳴はカウンターに突っ伏していた。

「なまえさん悪い!4人で集まるといつもこうなんだ、」
「いつもはテメェもだろうが切島」
「そうだけどよ!今日は酔い潰れんのもったいねーじゃん、こんなに爆豪が上機嫌なときなかなか見れねえからさ!」
「てめぇ、」
「…で、だ。なまえさんだけに言わせておいて爆豪が言わねーのは男らしくねえぞ!」
「あぁ"?」
「なまえさんのどこが好きかに決まってんだろーが!」

満面の笑みを浮かべる切島に、爆豪はため息をつく。
わざわざ言わなくても大丈夫だよ、と焦りながら手を振るなまえだが、爆豪の発する言葉が一言、店内に響いた。

「強いとこ。」

「…私…が?爆豪くんの方が何倍も強いと、」
「ハッ、そういう強さじゃねえよ。」


爆豪は、暴漢に襲われたのを助けたお礼といって、なまえが事務所に押しかけてきたのをよく覚えている。
それはもう衝撃だった。自分はなまえと、過去の過ちから目を背け続けてきたのに、なまえは逃げなかった。
それからもなまえを傷つけまいと距離をおこうとした自分に相反して、なまえはもっと知りたいと言ってくれた。そして、怖いはずの自分の手を握ってくれた。

先ほど、なまえは「爆豪くんなら離したりしない」と言ったけれどそれは爆豪がなまえに対して思っていることとまるっきり同じなのだ。
あんなにこの手を恐れていたのに、今では握り返して、しっかりと繋いでいてくれる。沢山の血や傷で汚れたこの手を、好きだと言ってくれる。
それは、この上なく幸せなことだった。





「そろそろお開きすっかな。いいもん見れたし!」
「こいつらどうすんだ、」
「瀬呂と上鳴は俺んちでいいだろ。爆豪たちはこっから歩いてける距離なんだっけか!」
「うん、前よりだいぶ近くなったから毎日助かってるんだ。」
「今度、家の方も遊びに行かせてな!」
「少しでも汚したら罰金だかんな。それなりの覚悟してから来い。」

なんだかんだ拒否しない爆豪は、やっぱり良いやつだと切島は心の中でほっこりする。
2人が幸せそうなのはとても嬉しい。それだけで、こちらまで満たされた気持ちになる。早いところ結婚すればいいのにな、なんてひっそりと思っているのは切島自身の秘密だ。



3人をタクシーに詰め込んで、簡単な後片付けを終える。店のシャッターを閉めて、2人は駅とは反対の方向に歩き出した。
街灯が少ないので星あかりが一層際立っている。

「…結構この通りは暗ぇな。1人の時は遠回りの大通り歩けよ。」
「うん、そうするね。」

真新しいマンションのエントランスを抜けて、エレベーターで上へ上がれば、そこは以前の爆豪の部屋と同じくらいの大きさだ。特に2人でいても狭さは感じない。


「なまえ、」


一緒に暮らし始めたタイミングで、今更だけどと2人の時は互いを名前で呼び合いはじめた。まだ呼び慣れないそれに、少し戸惑いを感じつつ、頬に熱が集まるような気がしてしまう。

ソファーに腰掛けた爆豪が目線でなまえを誘い、なまえもそれに応えて爆豪の横に沈み込んだ。

どちらからともなく、お互いに指を絡め合う。爆豪がなまえの方に顔を向ければ、見上げるような視線と交わり、そのまま愛おしさの勢いで唇に優しく触れた。

「あの、今日はありがとう。ちょっとね、思い出したちゃった。初めて鋭児郎さんがお店に、勝己を連れてきたときのこと。」
「…あんま良い思い出じゃねぇだろ。」
「ふふ、そうでもないんだよ。」
「…んだそれ。」

お互いの手から伝わる熱が脈を打つ。あつい。けど、心地よい。


「……なまえ、」
「うん?」
「山に行った時のこと、覚えてっか、」

初めて2人で出かけた。過去のことを打ち明けて、お互いまだ気まずかった頃だ。爆豪はなまえを怖がらせてしまい、なまえは爆豪を本能的に拒絶した。
思い返せば、こちらも決して嫌なものではなくて、なまえの引き出しに大切に仕舞われている思い出。

「俺と一緒にいれば、あン時みたいにクソ記者がつきまとってくることもある。連合とのやり合いの時のエンデヴァーみたいに、何か一つでもすっぱ抜かれりゃプライベートもあったもんじゃねえ。ヒーローは100人救っても1人助け損えりゃバッシングされる。」
「うん、」
「今までの比じゃねぇくらい、きっとなまえには苦労をかける。」
「うん、」
「だとしても俺はなまえに、側にいて欲しい。なまえのことは俺が死んでも守る、」


爆豪が手を握るのを強める。胸の奥がきゅっと苦しくなって、思わずなまえの額に一条、雫が伝い落ちた。

「私も、私も一緒にいたい。でも、」
「でも…なんだ、」
「勝己はヒーローだから、私より、皆んなを優先しなきゃいけない時もでてくると思うの。そういうときは、迷わず皆んなを助けにいって欲しい。」
「…なまえ、」



「でもそのかわりに、勝己ことは私が一番に救けるよ。私も、勝己のこと支えたい。だから、辛い時も、嬉しい時も、隣にいさせて。」



「……敵わねえななまえには。」
「うん、私、強いらしいからね!ヒーローのお墨付きだからね!」


なまえがとびきりの笑顔を向ければ、爆豪もつられて笑った。
爆豪の人差し指がなまえの頬の雫を拭い去り、そのまま火傷跡をなぞる。

「そだ、明日の朝ごはん、今日残ったやつ挟んでサンドイッチ作ろっか。」
「腹も飽きらんねぇってか。」
「飽きさせるもんですか。この先もずっと一緒なんだから、ね」




これからも道のりは続く。なだらかな道だけでなく、砂利道や、険しい道もあるかもしれない。それでも二人の道は長く、遥か先までのびている。
道中の美しい風景を眺めながら、疲れたら立ち止まって。どちらかが転びそうになったら、片方が支えて。転んでしまったら、手を差し伸べて、立ち上がって。

そうして、二人はどこまでも手を繋いで歩いていく。




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