目を開けると、見慣れた天井に、差し込む光。白く眩しい世界を見渡せば、横にある顔が目に入って正気を失いかけた。脳天がぐらりと揺れる。
なまえが隣で寝ている。
昨夜のことが鮮明に思い出されて、爆豪は両眼を腕で塞いで光を遮る。再び暗くなった世界で映像を巡らせながら、深く息を落とした。色々な思いはある。なまえへの感情を一言で表すなんて、そんなこといくら爆豪だってできっこない。でも確かに一つわかるのは、胸の中にじんわりとあたたかさが広がっているということ。満たされているその感覚が世に言う幸福というのならそうなのだろう。

すやすやと寝息を立てるなまえの前髪に手をかける。ゆっくりと撫でれば、彼女が気持ちよさそうに少しだけ笑った気がした。
これでいいのだろうか、これで良かったのだろうか。もしも前みたいに週刊誌が嗅ぎつけて2人の関係を読み解こうとしたならば。
以前だったら何とでも言い逃れられた。でも今は違う。彼女は友人なんかじゃない、なまえは恋人、なのだ。



「……ば、爆豪く、ん!起きて…、」
「とっくに起きてるわ。」
「お、おは、よ。」
「はよ。」
爆豪が目を覚ました数分後、なまえも静かに目を開けた。数回目蓋をぱちくりさせてなまえは爆豪の顔を数秒見つめる。その後は勢いよく身体を反転させ、顔を枕に埋めた。なまえの肩は微かに震えているが、いかんせん表情はわからない。
「大丈夫なんか、色々。」
「えっと…、うん、わりと大丈夫っぽい」
「そか。」
爆豪は背中を向けるなまえに向かって手を伸ばす。大きくて分厚い手がなまえの頭をぽん、と包んだ。
「…泣いてんのか」
なまえが鼻をすする音が、微かに聞こえる。
「ごめ、なんか、泣けてきた。ごめん。わたし、幸せだ。嬉しい。こんなに幸せでいいのかな。」
「……、」


「私、生きててはじめて、私でよかった。」


爆豪は何も言わず、後ろからなまえを抱きしめた。包むように腕を回し、手と手を重ねれば、なまえの肌の熱が爆豪にだんだんと伝わっていく。なまえも回り込んできた爆豪の手を上から包み込む。
言葉は直ぐには出なかった。なまえが生きることを辛くしてしまったのは自分だ。それなのに、なまえはこんなにも優しくて温かい。

爆豪はなまえの熱を受け止めながら、ふと思い返す。

はじめからなまえのことが初めから好きだったかといえばそれは違う。どちらかといえば"しこり"のような存在で、荒れ狂ってた中学時代や、雄英に在籍している間、サイドキックとして邁進していたその時も、心の奥底にあの頃への後悔と共に息をしてきた。
そしてあの日、切島に連れられて入った店、カウンターに立つなまえの姿を見たときに胸につかえていたものがどくんと脈打った。思い出される母の言葉。本来であれば彼女を認識したその場ですぐに名乗り出て、昔の過ちを謝罪すべきだったのだろう。しかし、当時の自分にはその覚悟はなかった。
事件以降、彼女の姿を見たのはその時が初めてだったが、顔に残った大きな傷、自分が思った以上に幼い自分の過ちは大きいものだった。それ以降は名乗り出る勇気もないくせに、何もしないわけにはいかず店に通った。

彼女と言葉を交わすうちに、知り得なかったさまざまな面を知るようになった。時に怯えられることもあって、その度に彼女の人生にこれ以上踏み込まない方がいいのではないかと考えた。しかし、彼女は怯えながらもこちらに手を伸ばしてくれた。

爆豪は後ろからなまえを抱きしめる力をさらに強くした。そして自身の指と、それを優しく包み込んでいる彼女の指とを絡める。こうすると気持ちが落ち着くのだ。

初めて彼女の手に触れた日のことはよく思い出せる。彼女の細い指先が、自身のごつごつした手をなぞる度に身体の奥底が脈打つような気がした。血がどくどくと巡る。爆豪自身、それが欲情だと分からないような年齢では無かった。今までにも女に触れられたことは何度かあったが、そのどれとも感覚が違う。彼女が触れた場所が熱くて堪らない。
思うままになまえに触れたい、手だけじゃなくて、もっと。しかしその熱は必死で抑え込んだ。自分の気持ちの整理がつくまで、きちんとけじめをつけるまで隠しておくつもりだった。
しかし日に日に増していくこの思いを抑えることは簡単ではなくて、その姿を見るたびに思いは強くなるばかりだった。他の男といる姿を見たときは、心臓が激しく鼓動を刻んで、会敵するときともまた違う緊張で冷や汗が滲んだ。これを自身の引き際とするべきだと頭では分かっていたはずなのに、納得はできなかった。それ程までに彼女を求めていた。
いつからだったかなんて分からない。いつからか自身にとってなまえは居なくてはならない存在になっていた。なまえを護るのは自分でないと気が済まなかった。

なまえのことはたくさん傷つけた。きっと、たくさん迷わせて、たくさん遠回りをさせた。そのことを肯定するつもりもないが、幸せだという彼女の今の言葉を否定することもない。ただ、ひたすらに嬉しいのだ。

「……俺も、同じだ。」
「同じ?」
「みょうじが幸せってんなら、俺もそうだ。」
「ふふ、珍しく素直だ。」
贖罪、責任、何度も考えた。もしも世間がこの関係を知ったら、冷ややかな目線を向けられ、糾弾されるかもしれない。爆豪がなまえと付き合うのはそういう意味だ。もう御託を並べるのはやめた。過去を言い訳にして、好きな人すら護れない奴にはなりたくない。この先にどんなことが起きようとも、なまえは絶対に護る。
おどろくほどに、心は晴れやかで迷いはどこにも無かった。



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