駅ナカのコンビニで買っておいたお水を渡せば彼はそれを一瞬で飲みきった。零してもいいように待機していたなまえだったが、それは杞憂だったようだ。
スマホで時間をちらりとみれば、自宅までの終電は当然無くなっている。

切島から"爆豪がとても手に負えないから迎えに来て欲しい"と連絡を受けて、明日のためにも帰らなくてはという思いを余所にいつもより早めに締めを終わらせてお店をあとにした。

「あんた、なんでいんの。」
「なにでって、電車で来たんだよ、」
「ちげぇ。仕事終わりだろ。なんでノコノコきてんのかってこった、アホかよ」

爆豪はそのままなまえの肩に顔をうずめ、深いため息をつく。
肩にずっしりと重さを感じれば、そこがじんわり暖かくなったように感じる。耳元に爆豪の髪の毛が当たって妙にくすぐったい。

「終電ねぇんだろ。さっさと帰んぞ。」

ため息混じりに爆豪が俯きながらそう呟けば、"どこに?"なんて野暮なことは聞けるはずもなく、流れのままになまえはコクリと頷いた。




見慣れたエントランス、もう何度も来ている爆豪の家。それでも今日は初めて来るみたいに緊張した。一緒に乗るエレベーターも息をするのを忘れて、窒息するんじゃないかとすら思った。
部屋の中は相変わらず綺麗に整っていて、どこか殺風景だ。

「爆豪くん、私お水持って…」

自分の居場所を決めかねてウロウロしていたなまえだが、爆豪に腕をひかれバランスを崩したことによってその言葉は遮られた。突然視界が傾いてソファーの上にぽすり、と倒れ込む。が正確にはこの表現は正しくない。なまえが倒れ込んだ先は爆豪の上、だ。
ソファーに寝転がっている爆豪にしがみつく形になったなまえは慌てて離れようと試みるが爆豪はそれをよしとしなかった。背中にがっしりと腕を回している。なまえはじわじわと体温が上がるのを感じた。「爆豪…く、ん?酔ってるでしょ、」と笑いながらその熱を誤魔化そうと試みるが、「とっくに冷めたわ」と言い捨てられたので逆に茶化したなまえの方が恥ずかしくなって頭を抱える。

「爆豪くん、だめだって、」
「は?なんでだよ、」
「だって、その、まだ付き合ったばっかで、」
「…アンタが嫌ならやめる」

彼の熱が遠くなると、心臓が潰されたみたいにきゅう、と鳴く。爆豪となまえの目線が交わって、なまえは思わず言葉を呑んだ。その赤い目は引力がある。
「その…、やっぱり嫌、じゃない、かも」となまえが呟けばそれがトリガーになったように爆豪がぐい、と後頭部を掴む。なまえもその場の空気に抗うことはしない。爆豪に両腕をつかまれたなまえは大勢を逆転させられる。なまえの上に爆豪がのしかかるような構図になって、なされるがままに降りかかる熱を受け入れた。

息が上がる。頭がぼうっとして、血が上って行くのがわかる。こんな感覚、今まで知らない。

「わたし、これであってる?」
「なにがだよ」
「こういうの、はじめてだから、その、」

爆豪が顔を離せば、すかさずなまえは顔を捩らせて隠そうとする。その頬は真っ赤に染まっていて爆豪の加虐心をさらに駆り立てた。

爆豪はなまえのおでこに顔を寄せる。

「はじめてなんか、」
「…う、ん、下手くそでごめん、」
「アンタやめろそれ。」
「え、ごめっ」

「煽んな、バカかよ。」と爆豪がため息をついた。なまえが戸惑っていれば再び爆豪がなまえの言葉を塞ぐ。それはだんだん深いものへと変わったいき、角度を変えながら何度も押し寄せる。
「ば、くご」
「今、余裕ねぇ」
爆豪は手の甲で頬をなぞる。爆豪は皮膚のザラつきを感じ、瞳を伏せた。

「あの、あんま見ないで、その、汚いし、気持ち悪いから、」
そういってなまえは爆豪の手を振り払い、右の頬を腕で隠す。が、爆豪はそれを掴んで再びなまえの手をベッドの上に縫い付ける。

「はァ?ンなわけねぇだろバカか?!」

そして確かめるように火傷跡をなぞる。
気持ち悪ぃわけねーだろ、と吐き捨てて爆豪はなまえのことを確かめるように強く抱き寄せた。
2人は身体を寄せあって、ただじっと抱きしめ合う。

「…アンタが言ったんじゃねぇか、そーゆーの、含めて全部アンタだって」
「それでも、やっぱり怖い」
「まだ怖がってんか」
「ちがう、爆豪くんが怖いんじゃなくて、爆豪くんに嫌われるのが怖い」

なまえはいつの間にか涙を零していて、爆豪があやすみたいに背中を撫でて強く抱きしめる。
そして顔を見合わせて、爆豪はもう一度なまえに深く口付けた。


「そんなの俺だって一緒だわクソが。」
逞しい腕に引き寄せられたなまえの身体は爆豪の身体にぴったりと密着する。打ち付ける心音がよく響く。

「爆豪くんにも、怖いものあるんだね」
「アホか。あんだろ、そんくらい。」

なまえ自身のものだか爆豪のものだか分からないそれは心地よいリズムで刻まれ続ける。ずっとずっと遠くにいると思っていた爆豪も、自分のように怖がって、強がりながら生きてるんだとなまえは遠のく意識の中でうっすらと考える。なんだかそれが嬉しくて、涙はいつの間にか止まっていた。



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