それならば何もいらないさ



知らない星の街を神威とふたり歩いていた
宛もなく、のんびりと、ただフラフラと

『いいのかな?こんなゆっくりとすごしちゃったりして』

『いいんだよ、ビジネスのことは阿伏兎にまかせてるから』

ここへは[仕事]で来た、はずだった
取引先に阿伏兎だけを残して神威とエリカは街へ繰り出していた


‐数時間前‐
宇宙船が着陸するときのわずかな衝撃で目を覚ましたエリカ、それとほぼ同時に開いた部屋の扉

『おはようエリカ。早く起きてよ、出掛けるよ?仕事だよ』
朝も早くからノックもせずにニコニコと爽やかな笑顔の神威


『仕事って…、あたしも行っていいの?』

この船に連れてこられてからまだ一度も船を降りていなかった
どんな仕事かわからないけどいつも神威を見送ってエリカはお留守番だったから

牢屋みたいに閉じ込められてる訳でもなくわりと自由な身で不満という不満は特になかった

むしろこんなに自由にしてていいものか、誘拐されるってそう悪いものではないかもしれない
最近はそんな非常識な認識が生まれ始めていたりもして…


『こんな狭い船に閉じ込もってちゃ体なまっちゃうよ?』

閉じ込める原因である本人がそれをいうか

それでも目に見えて気まぐれな神威が自分の事を気にかけていてくれたことが嬉しくもあって素直についていく

『今日は思う存分暴れていいからネ、船の中の訓練所じゃ狭すぎるからさ』

エリカと一緒に闘うの、楽しみだよ

口ぶりからして戦場にいくんだと判断し、江戸に住んでたときの服を取り出した

『そんな服で行くの?かわいい服たくさんあげたでショ?』

『この格好が一番動きやすいの』

『ふーん、じゃあ今度はかわいくて動きやすいの買ってくるよ』

『…ありがと。…で、いつまでここに居るつもりなの?』
着替えようとしてるのに一向に立ち去る気配がない神威をひと睨み

『あ、着替え?俺の事は気にせず着替えちゃって?…って何すんのかな?そっちは扉だよ?』
軽く反抗をする神威の言葉には耳も貸さず黙って部屋から押し出した

『エリカのけーち』
扉の向こうから神威が一声あげていた


やる気を見せている神威と、それが嬉しいのかニコニコしている阿伏兎、相変わらず怖い顔の云業と共にエリカは船を降りた

戦場、というのは嘘みたいな平和な町並み
こんなところで戦争が起こっているのだろうか

不思議に思って神威の顔を覗き込むと神威も同じことを思っているのか、いつもの笑顔がなんだか微妙に曇ってる『阿伏兎、コレ、どうゆうこと?』
その場に足を止め神威は阿伏兎に問いかけた

『どうゆうことって、何が?』
振り返る阿伏兎は訝しげに眉を寄せた

『どこで戦争が起こってるの?こんな場所じゃ闘気が薄れちゃうよ?』

『闘気って誰と闘う気してんだよ団長ォ、今日はただの[交渉]だ、闘う必要はねぇよ?』

それを聞いた瞬間神威の顔から笑顔が消えた
そしてつまらなそうに舌打ちした
『なんだ、闘わなないのか』

『最初からそう言ってたよな、俺?聞いてなかったの団長だから』

『聞いてない』

『はぁぁぁ…どうもおかしいと思ったんだよ、いつになく仕事に乗り気だったからよォ』
阿伏兎がため息混じりに呟いた

『じゃあ俺は必要ないね、エリカ、行こう』
二人を残して神威はエリカの手を引き回れ右をした

『え?ちょっと…いいの?』
戸惑うエリカ

『どこいくんだ団長ぉッ!』
引き留めようとする云業を阿伏兎が直ぐ様止めた
『ほっとけほっとけ、こうなったらもうあのすっとこどっこいは止まらねぇよ』

そんなこんなで冒頭に至るわけで…

『あーあ、つまんないな。エリカと暴れられると思ったのに』
一歩先を歩いて居た神威が心底残念そうに呟いた

『そんなに闘いたかったの?』『うん』

『闘うの、好きなんだ?』
『好きだよ、俺は闘う為に生まれてきたんだから』

振り返った笑顔が僅かに殺気を帯びていたように感じた

『エリカは?』
『え、…あたし?』
『エリカも武器を使い慣れてるくらいだ、地球に居た頃はかなり闘ってたんじゃないの?』

『…そうだけど』
エリカの場合は神威のように暴れるとあいうより闇に紛れて仕事をこなすことが多かった

所謂、[暗殺]だ
隠密と言うものは裏の仕事を任される
神威が言うような闘いは殆どなかった

ごはんを食べるために依頼をこなすだけで好きとか嫌いとか考えたこと無かった…

むしろ、何も感じない
生活の一部、それが日常みたいなものだったから

『もったいないね、いい腕を持ってるのにさ』
そんな風に言われたこともない
成功するのが当たり前、失敗はあり得ない世界、出来て当然なのだから

『次の仕事は何がなんでも闘えるのにしてもらうから、一緒に暴れようネ』
当たり前のように繋がれていた手に、きゅっと力が込められた

将棋の駒のように指示通り動くだけの存在、自我など持っていなかった
必要なんて無いと思ってた

でも神威には自分という存在が認められたような気がして、必要とされているのが嬉しくて、あたしはそれに答えるようにその手を強く握り返した



彼が自分を必要としてくれる

それならば何もいらないさ



thanks!矛盾


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