逃げられた



油断した
呟きながら小さくため息を付いたその顔に浮かぶのは微笑み

危機的状況
それ以外今の彼女を指す言葉は見つからない

エリカの右手首には銀色の手錠

短い鎖で繋がれたもう一方の枷は眉間にシワを寄せタバコをふかす男の左手首に

絶体絶命のこの状況をエリカは間違いなく楽しんでいた


『総悟、こっちは捕まえたぞ。そっちはどうだ?』
《あー、桂は未だ逃走中、…ズズズッ…応援に来た三番隊が、…ズズズッ…追跡中でさァ…ズズズッ…》

電話での会話の合間に聞こえてくる不穏な音

『…お前は、なにしてんだよ?』
《待ち伏せでさァ、…ズズズッ、親父、替え玉》
総悟の言葉に《あいよ!》と応えたオッサンの声

『てめえ何ラーメン食ってんだッ!桂を追えよッ!』
《腹が減っては戦はできぬっていうじゃねェですか》

総悟のやつ
後でぜってぇブッ飛ばす

『さすがは小太郎さんね、鬼ごっこで小太郎さんに敵う人は居ないと思う』
電話の声が漏れて女にも桂が捕まっていないことがわかったらしい
安堵、というか楽しげな様子の赤根エリカ

こいつは自分の置かれている状況をわかっているんだろうか

そんな怪訝な顔した俺をみてますます笑顔が楽しげになる

『ねぇ、あたしどうなっちゃうの?』
手錠につながれた人の声色とは思えない明るい声で彼女は言った

『逮捕だ、とりあえず連行して取り調べだ』
『あたし、何にも喋らないわよ』
『あァ?』

女の薄いピンク色の唇が三日月のように弧を描く、つぶらで大きな瞳がまっすぐに俺を見上げるように向けられる
それは驚くほど挑発的で

『そしたらどうする?…拷問、するの?』
女の手錠で繋がれてない手が腕に絡み付く

『拷問って痛いの?怖いの?』
自慢の放漫な体を押し付けるように

『…それとも、恥ずかしいのかな』

…ゴクリ
生唾を飲み込む

落ち着け、俺
巡回中に誘ってくるような色気剥き出しの商売女のあしらい方ならなれてるだろ?そいつらのように軽くあしらえばいい

…筈なのに

目を逸らせない潤んだ瞳、艶やかな唇
振りほどけない腕にある柔らかであたたかな感触

柄にもなくムラムラしてしまった俺

その情欲にまみれた感情を振り払うように頭をふるふると左右に振った
そして勢いよく立ち上がる

『屯所まで歩く』

パトカー待ってる時間が惜しい
というかこのまま人気のない路地裏に赤根エリカとふたりきりという状況…どうかしてしまいそうだったから

『立たせて』
なんて甘えた事を抜かす女
舌打ちしつつも手錠で繋がれた手を引き立たせてやる

『ありがとう』
驚くほど綺麗な笑顔で礼を言う、自分を捕まえた男に

まったくおかしな女だ

女に背を向け通りの方に歩き出す
背後からついてくる足音を感じ、反抗する様子のない女に安堵した、次の瞬間だった

『きゃッ…』
女の小さな悲鳴

それとほぼ同時、手錠で繋がれた左手を強い力で引かれた

そして気づいたら

俺は赤根エリカの胸の中

なんで
こうなるの

『ごめんなさ〜い、自分の仕掛けたバナナの皮踏んじゃった』

はにかむ様に笑ったエリカ
いままで目にしたことないような可愛らしい表情に目を奪われた

『でも、副長さんにはオイシイ展開よね』
次の瞬間には艶かしい女の顔

首に腕を回され

『あたし、副長さんになら…』
皆まで言わずに舌なめずり
胸元に這わされた手
この目に見つめられたら頭がろくな思考を生み出さない

こいつ、催眠術使いか何か?

俺は赤根エリカに覆い被さったまま、本日二度目、生唾を飲み込んだ


カシャン


…ん?
近くで鳴った金属音に我に返る

そして手錠で繋がれた筈の女は俺の下からスルリと抜け出し立ち上がっていた

『…あ?…お前、何で…』
不意に目をやった自分の手首についた手錠
それが繋がった先はなんかのパイプで

『あ…?!な、何だこりゃあアアッ!』

『副長さん、隙アリ〜』
楽しげな女の手にあるそれは隊服の内ポケットに仕舞い込んでた筈の手錠の鍵

瞬時に蘇る胸元を這うような女の手の感触

…やられた

『フフッ、今日はいつもより刺激的でたのしかったよ〜ありがとう』

『まて、コラァッ!』

『あ、鍵ね!ここ置いとく〜』
女が鍵をおいた場所はどうあがいても手の届かない場所

ふ、ふざけんなぁァァッ!

『バイバイ、副長さん』
スキップしながら去っていった赤根エリカ

最後に振り向き投げキッス


女のふざけた動向に、そして自分の愚かさに土方十四郎は深い深い溜め息をついた


『あの女ァ…、ぜってぇ逃がさねぇ!』


この手をすり抜けて解き放たれた彼女は

自由に街を跳ね回る

俺はまたそれを追いかけるだけのこと




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