離愁

あたしはゆっくりとその戸を開けた

真っ白な病室は自分の呼吸の音しか聞こえない位、静か

その真ん中にある真っ白なベッドにミツバさんは横たわっていた

さっきまで付けられていた医療器具は今はない

それが何を意味するか、ミツバさんにもわかっているんだろう

そんな彼女に何て声を掛けたらいいんだろう
どんな顔して会えばいいんだろう

『…エリカさん、まだ、居てくれたのね』

入り口で立ち尽くしたままのあたしにミツバさんは弱々しくも微笑んでくれた

言葉がなにも出てこなくてあたしはただ微笑み返すだけ
ちゃんと表情が出来ていたかはわからないけど

ベッドの脇まで歩み寄り顔を見て思う

なんて穏やかな顔
こんな顔の人の命の灯火がほんとに消えかけているというのだろうか

「手は尽くしましたが…、残念です」

申し訳なさそうに小さく会釈をしたお医者さん

やっぱり、病院はキライ
哀しいことしか起こらないもの
『…どうしたの?びしょ濡れじゃない』

曖昧に微笑むだけのあたし
看護師さんがくれたタオルで拭いたけど雨は着物の芯まで濡らしていて


『…総ちゃんは?』
ミツバさんの問いにますます言葉が詰まる

今この場に居ないと知ったら悲しむよね

『…お仕事、かしら?』

何も言わないあたしにミツバさんが先に答えた

家族が居るべき場所にあたしが現れたんだ、居ないことはわかってしまったよね

『…仕事、みたいです』

『…そう、そうなの』

『どうしても行かなきゃならない、大事なお仕事みたいで…』
それ以上は何も言えなかった

『ちゃんとまっすぐに、前を向いて歩いているのねあの子は』

意外にもミツバさんは嬉しそうな笑みを溢した

『約束したの、江戸に出ていくときに。自分の決めた道なんだから振り返らず、よそ見もしないで、前だけ向いて歩いていくのよって…』

そしてニッコリ笑って

『ちょっと見ない間に大きくなったのね、総ちゃんは』

その笑顔が
あたしの胸を締め付ける

『…本とはまだ心配だったけど、もう大丈夫ね』

…グズッ

頑張っても涙は堪えても鼻をすする音は隠せなかった

『泣かないでね、エリカさん』

そっと白くて細い手が伸ばされて、あたしは反射的に握った

『江戸に来て、あなたに出会えてホントに良かった。短い間だったけど楽しかった』

温かくて柔らかいその手が弱々しくもあたしの手を握ってくれる

『あたしも、嬉しかった!楽しかったです!ホントに』

だから、これでお別れなんて…

言葉と一緒に溢れ出す涙はもう蛇口が壊れた水道みたいに止められなかった


『エリカさん、総ちゃんをよろしくね。わがままで困った子だけど…ほんとは優しくていい子だから。』

あたしはもう涙で何もしゃべれなくて
うんうん、と必死で頷くだけだった

『…ありがとう』


その時だった
『姉上!』

息を切らして現れた
びしょ濡れの総悟くん

『…総ちゃん、偉かったわね』
『…姉上』

あたしは静かにその場を後にした

病室の外には近藤さんや隊士のみんなが集まっていた
みんな涙を浮かべていて、下を向いたり目頭押さえたり唇噛み締めたり…

その様子にまた涙が止まらなくなる

あたしは足早に立ち去った

誰もいない所に行きたくて

外に飛び出して思いきり泣いた
声をあげて泣いた

まだ手に残るミツバさんの温もりが消えていくのが哀しくて

自分の手を強く強く握りしめた

最期に魅せてくれたミツバさんの笑顔はとても綺麗で

どうか、この笑顔だけは
消えていかないで


泣きながら、あたしはそう願った



雨が上がり空には星が輝いていたけれど

あたしの雨は止みそうもなかった


哀しみが雨のようにあたしはゆっくりとその戸を開けた

真っ白な病室は自分の呼吸の音しか聞こえない位、静か

その真ん中にある真っ白なベッドにミツバさんは横たわっていた

さっきまで付けられていた医療器具は今はない

それが何を意味するか、ミツバさんにもわかっているんだろう

そんな彼女に何て声を掛けたらいいんだろう
どんな顔して会えばいいんだろう

『…エリカさん、まだ、居てくれたのね』

入り口で立ち尽くしたままのあたしにミツバさんは弱々しくも微笑んでくれた

言葉がなにも出てこなくてあたしはただ微笑み返すだけ
ちゃんと表情が出来ていたかはわからないけど

ベッドの脇まで歩み寄り顔を見て思う

なんて穏やかな顔
こんな顔の人の命の灯火がほんとに消えかけているというのだろうか

「手は尽くしましたが…、残念です」

申し訳なさそうに小さく会釈をしたお医者さん

やっぱり、病院はキライ
哀しいことしか起こらないもの
『…どうしたの?びしょ濡れじゃない』

曖昧に微笑むだけのあたし
看護師さんがくれたタオルで拭いたけど雨は着物の芯まで濡らしていて


『…総ちゃんは?』
ミツバさんの問いにますます言葉が詰まる

今この場に居ないと知ったら悲しむよね

『…お仕事、かしら?』

何も言わないあたしにミツバさんが先に答えた

家族が居るべき場所にあたしが現れたんだ、居ないことはわかってしまったよね

『…仕事、みたいです』

『…そう、そうなの』

『どうしても行かなきゃならない、大事なお仕事みたいで…』
それ以上は何も言えなかった

『ちゃんとまっすぐに、前を向いて歩いているのねあの子は』

意外にもミツバさんは嬉しそうな笑みを溢した

『約束したの、江戸に出ていくときに。自分の決めた道なんだから振り返らず、よそ見もしないで、前だけ向いて歩いていくのよって…』

そしてニッコリ笑って

『ちょっと見ない間に大きくなったのね、総ちゃんは』

その笑顔が
あたしの胸を締め付ける

『…本とはまだ心配だったけど、もう大丈夫ね』

…グズッ

頑張っても涙は堪えても鼻をすする音は隠せなかった

『泣かないでね、エリカさん』

そっと白くて細い手が伸ばされて、あたしは反射的に握った

『江戸に来て、あなたに出会えてホントに良かった。短い間だったけど楽しかった』

温かくて柔らかいその手が弱々しくもあたしの手を握ってくれる

『あたしも、嬉しかった!楽しかったです!ホントに』

だから、これでお別れなんて…

言葉と一緒に溢れ出す涙はもう蛇口が壊れた水道みたいに止められなかった


『エリカさん、総ちゃんをよろしくね。わがままで困った子だけど…ほんとは優しくていい子だから。』

あたしはもう涙で何もしゃべれなくて
うんうん、と必死で頷くだけだった

『…ありがとう』


その時だった
『姉上!』

息を切らして現れた
びしょ濡れの総悟くん

『…総ちゃん、偉かったわね』
『…姉上』

あたしは静かにその場を後にした

病室の外には近藤さんや隊士のみんなが集まっていた
みんな涙を浮かべていて、下を向いたり目頭押さえたり唇噛み締めたり…

その様子にまた涙が止まらなくなる

あたしは足早に立ち去った

誰もいない所に行きたくて

外に飛び出して思いきり泣いた
声をあげて泣いた

まだ手に残るミツバさんの温もりが消えていくのが哀しくて

自分の手を強く強く握りしめた

最期に魅せてくれたミツバさんの笑顔はとても綺麗で

どうか、この笑顔だけは
消えていかないで


泣きながら、あたしはそう願った



雨が上がり空には星が輝いていたけれど

あたしの雨は止みそうもなかった


哀しみが雨のように


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -